相談できる場所は、たしかに用意されています。それでも「ここでは、この話はしないでおこう」と口をつぐんでしまう人がいます。性のあり方と、障害や病気。二つの背景が重なったとき、支援の窓口は急に狭くなります。今回は認定NPO法人ReBitの調査を中心に、いま何が起きていて、どんな取り組みが始まっているのかを見ていきます。
「性のこと」も「障害のこと」も話しにくい人がいる
性のあり方も、障害や病気のことも、どちらも打ち明けにくい。そんな状態に置かれている人がいます。この言いづらさがどれくらいの規模で起きていて、どんな結果を招いているのか。まずは調査の数字から確かめます。
福祉の窓口では、性のあり方を話しづらいという現実がある
認定NPO法人ReBitが2023年に実施した「LGBTQ医療福祉調査2023」には、18歳以上のLGBTQ+の方961人が回答しました。このうち、行政や福祉の担当者に自分の性のあり方を安心して伝えられると答えた人は、20人に1人にも届きません。裏返せば、95.4%が「安心しては話せない」と答えたことになります。
窓口から足が遠のく傾向も、あわせて示されました。お金や生活の基盤に困ったとき、支援を必要としながら行政・福祉サービスにたどり着けていない人が52.4%。その理由として、およそ半数にあたる49.6%が性のあり方にまつわる不安や困りごとを挙げています。
問題は「相談する場所がない」ことではありません。場所はある。けれども、その場所で自分のことを話せない。そういう状態です。
いくつもの背景が重なっている人たちがいる
性のあり方に加え、発達障害や精神疾患、慢性疾患、経済的困難など、複数の背景を同時に抱える人がいます。こうした人は、制度が分野ごとに縦割りとなっているため、既存の枠組みでは支援対象として明確に位置づけられず、見落とされがちです。
背景が重なるほど、どの相談窓口でも自分のすべてを説明しきれない事態が起こります。障害福祉の窓口では性のあり方が前提とされておらず、性の多様性を扱う場では障害や体調への配慮が前提とされていません。結果として、どちらの窓口でも「自分の半分」しか伝えられない状況に置かれてしまうのです。
話せないことが、そのまま支援の届かなさにつながります
先ほどのReBit調査は、その帰結までを追っています。支援者に性のあり方を伝えなかったことで、必要な支援や適切な支援を受けられなかった。そう振り返った人が、回答者のおよそ半数を占めました。
実際にサービスを使った場面でも、状況は厳しいままです。障害や生活困窮に関する行政・福祉サービスの利用時、78.6%が何らかの困りごとに直面しました。その影響は心身に及び、3人に1人が病状の悪化や不調を、5人に1人が自殺を考えたか未遂に至ったと答えています。
とはいえ、これは「話さなかった本人が悪い」という問題ではありません。過去に傷ついた経験があれば、口を閉ざすことは自分を守るための当然の判断ともいえます。話したくても話せない——この板挟みの状況こそが、問題の本質なのです。
そもそも、なぜ重なる人がいるのか
LGBTQ+であること自体は、病気でも障害でもありません。そのことを前提とし、なぜLGBTとさまざまな障害の重なりが生まれるのか。研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを順に整理します。
発達障害と性のあり方の重なりは、研究の世界でも注目されている
自閉スペクトラム(対人関係やこだわり、感覚の特性にあらわれる発達の特性)と、性別違和(出生時に割り当てられた性別と自分の性の認識が一致せず、苦痛を感じる状態)が同時にみられやすい。この指摘は1990年代の事例報告に始まり、2010年の体系的な調査以降、関連を裏づける研究が相次いでいます。
一方で、比較対象を置かない研究が多いといった課題も指摘され、関連があるとは言い切れないとする研究者もいます。ただ、原因が分からないことと、支援が要らないことは別です。
差別やいじめの経験が、心の不調につながる
もうひとつ、はっきりと見えてきている流れがあります。学齢期のいじめ、職場でのハラスメント、日常の中での無理解——こうした経験が積み重なることで、LGBTQ+の人たちは精神的な不調を抱えやすい状況に置かれているのです。
ReBitの「LGBTQ子ども・若者調査2022」は、12歳から34歳の2,670人から回答を集め、2,623人分を有効回答として分析しました。10代に絞ると、過去1年のあいだに死にたいと考えた人が半数近くの48.1%。実際に自殺未遂に至った人が14.0%、自傷行為の経験者は38.1%にのぼります。
これらの数字が示しているのは、本人の弱さではありません。傷つく経験ばかりが降り積もっていく環境そのものの問題なのです。
支援制度が「縦割り」とは、どういう状態を指すのでしょうか
言いづらさの背景には、制度の組み立て方があります。障害への支援と、性の多様性への支援。この二つは、別々の仕組みとして育ってきました。分かれ目がどこにあり、それが何を生んでいるのかを見ます。
障害の窓口と、性の多様性の窓口は、別々につくられています
「縦割り」とは、担当が分かれていて、そのあいだをつなぐ人がいない状態のことです。
障害のある人が使う福祉サービスの根拠法は、障害者総合支援法です。実際の相談は、市区町村の障害福祉担当が受けもちます。これに対し、性的マイノリティに関する相談を担うのは、人権や男女共同参画の部署、あるいは民間団体であることがほとんどです。
つまり、両者は所管も予算も研修も別系統で動いています。障害福祉の担当者が性の多様性を学ぶ機会を持つとは限らず、その逆もまた同じ。担当者の悪意ではなく、制度の組み立て方から生まれる問題です。
制度はあるのに使えない、「見えない条件」があります
制度の要件を満たしていても、実際にはもう一つの条件が加わってしまうことがあります。「その場で、安心して自分の話ができるかどうか」です。
たとえば生活保護の申請では、親族に援助の可否を尋ねる「扶養照会」が行われることがあります。名前や性別を変更した人にとって、これは家族に自分の経緯が伝わる入口になりかねません。条文のどこにも書かれていない条件が、使わないのではなく使えない状況をつくっています。
医療と福祉の現場で、重なりはさらに深まる

制度のはざまは、暮らしのどんな場面に現れるのでしょうか。発達障害や精神疾患のあるLGBTQ+の人にとって、福祉サービスと医療は欠かせません。本来「安全網」であるはずのこれらの現場で今何が起きているのか、調査から見ていきます。
医療をためらう時間が、そのまま体調の悪化につながる
医療の場面は、いっそう切実です。同じ調査で、医療関係者に性のあり方を安心して話せると答えたLGBTQ+は2割に届きませんでした(話せないと答えた人が81.3%)。診断や処方の判断に関わる情報であっても、口に出せない。そういう状態が常態化しています。
障害や難病があるLGBTQ+に限ってみると、過去10年の受診で7割超(71.4%)が性のあり方に関連した困りごとに直面しました。結果として、3人に1人にあたる34.7%が具合が悪くても病院に行けなくなり、30.9%が死にたいと考えたか、未遂に至っています。
なお、どんな困りごとだったのかについては、トランスジェンダー男性・女性を対象とした集計が出ています。上位を占めたのは、性のあり方を含めて安心して相談できる医療者が誰なのか分からなかったこと(46.9%)と、医療者側の知識や理解が足りなかったこと(34.6%)でした。自由回答には、職場のハラスメントで不調をきたし、ようやく受診した心療内科で医師から心ない言葉をかけられ詮索された結果、かえって症状が重くなったという経験も記されています。
精神疾患や発達障害の治療は、通い続けることが前提です。一度足が遠のけば、その影響は長く残ります。
自殺や生活困窮のリスクは、重なった人ほど高い
重なりの影響は、数字にはっきりあらわれます。障害や難病があるLGBTQ+では、これまでに死にたいと考えたことがある人が8割近く(79.3%)。実際に自殺未遂を経験した人が41.3%、自傷行為の経験者が50.9%です。日本財団が2021年に行った自殺意識調査と比べると、自殺念慮で3.3倍、自殺未遂では6.7倍にあたります。
生活の基盤も揺らぎます。過去10年で生活困窮を経験したのは62.2%。障害や難病がないLGBTQ+と比べたとき、生活保護や給付金を受けた、あるいは必要としたと答えた割合には7.5倍もの開きがありました。
話せないことが支援の届かなさを生み、それが体調と暮らしを同時に細らせていく。この連鎖こそが、重なりの実態です。
支援を届ける動きは、すでに始まっている
ここまで課題を見てきましたが、状況は動きはじめています。支える側が学べる教材、両方の背景を前提にした福祉の場、そして国の計画。それぞれ性格の異なる三つの変化を紹介します。
支援する側が学べる無料の教材がある
ReBitは、福祉職や対人援助職に向けたeラーニング教材を無償で公開しています。中身は、基礎的な知識、当事者のライフストーリー、実践的なケース検討まで。全体で60分、9つの章に分かれており、受講後には修了テストが用意されています。想定される受講者は、障害のある方や生活に困っている方、高齢の方に日常的に関わる支援職です。
土台にあるのは、過去10年でLGBTQ+の41%が精神障害を、48%が生活困窮を経験しているという現実でした。支援者が学び、そのことを掲示する。それだけで「ここでは話しても大丈夫」という目印になります。
LGBTQ+と障害の両方を前提にした福祉の場もある
福祉サービスの側にも、重なりを前提とする場が生まれています。ReBitが運営する「ダイバーシティキャリアセンター」は、精神障害や発達障害のある人に加え、障害以外にもマイノリティ性がある「複合マイノリティ」の人も歓迎すると明示しています。2021年に東京都渋谷区、2023年12月に大阪市北区に開設されました。
重要なのは、対象の示し方です。自分が何者かを一から説明し直さなくてよい。その前提があるだけで、利用のハードルは大きく下がります。ただし、こうした場は全国的にはまだごく少数です。
国の初の基本計画が、相談体制の充実を掲げた
制度の側にも変化がありました。2026年6月16日、政府はSOGI理解増進法(2023年6月施行)にもとづく初めての基本計画を閣議決定しています。教職員の理解促進や、学校現場での相談体制の充実などが盛り込まれました。
もっとも、評価は分かれています。施行から決定まで3年を要したことや、内容が不十分だとする指摘も出ています。福祉や医療の現場に届くかどうかは、これからの運用次第です。
「どちらかを選ばなくていい場所」を増やす
足りないのは制度そのものではなく、制度と制度のあいだをつなぐものでした。そのすき間に、人が落ちています。無償で学べる教材、重なりを前提とする福祉の場、国の基本計画。動きは始まっています。あとは、それぞれの現場が「重なっている人がいる」と知っているかどうかです。
ひとりで抱えきれないと感じたときは、この記事で紹介した相談窓口をご利用ください。

