「10代のLGBTQ+の約半数が、この1年で自殺を考えたことがある」。そんな調査結果があります。国もこの問題を、自殺対策の大切な課題として位置づけています。
この記事では、国の「自殺総合対策大綱」に性的マイノリティがどう書かれ、国・自治体・学校に何が求められているのかを、わかりやすく読み解きます。
はじめに、「自殺総合対策大綱」とはどのようなものかを確認しましょう。名前は少し難しく聞こえますが、国の自殺対策の方向性を示す大切な文書です。ここでは、大綱の位置づけと、その土台にある考え方の二つを見ていきます。
国の自殺対策の「基本方針」をまとめた文書です
自殺総合対策大綱は、「自殺対策基本法」という法律にもとづいて、政府が定める指針です。国として、どのような自殺対策を進めるのかを示した「設計図」のような役割を持っています。
大綱は、社会の変化に合わせて、おおむね5年ごとに見直されます。2007年に初めてつくられ、2012年と2017年に見直しが行われました。現在の大綱は、2022年10月に閣議決定されたものです。この大綱では、子ども・若者の自殺対策や、女性への支援の強化などが新たに盛り込まれました。
「自殺は追い込まれた末の死」という考え方が土台です
大綱の基本にあるのは、「自殺の多くは、追い込まれた末の死である」という考え方です。自殺は個人の自由な選択ではなく、さまざまな悩みによって、ほかの道が見えなくなった結果だと捉えています。
その背景には、過労や生活の苦しさ、いじめ、孤立といった社会的な要因があるとされます。そのため大綱は、生きることを妨げる要因を減らし、生きる支えになる要因を増やすことをめざしています。自殺を個人の問題ではなく、社会全体で取り組む課題として捉えている点が大きな特徴です。この考え方は、性的マイノリティへの支援を考えるうえでも大切な土台になります。
なぜ大綱に書かれたのか ── 性的マイノリティが抱えるリスクの背景
大綱には、性的マイノリティについての記述がいくつもあります。では、なぜ国の自殺対策で性的マイノリティが取り上げられているのでしょうか。調査が示す数字、大綱が考える原因、記述が盛り込まれるまでの経緯の三つから見ていきます。
10代LGBTQ+の約半数が「自殺を考えた」と答えています
性的マイノリティの自殺リスクを知る手がかりの一つが、当事者を対象とした調査です。認定NPO法人ReBitが2022年に行った調査を見てみましょう。この調査では、10代のLGBTQの48.1%が、過去1年に自殺を考えたと答えました。自殺未遂を経験した人も14.0%にのぼります。
2025年に行われた同じ団体の調査では、10代の53.9%が自殺を考え、19.6%が自殺未遂を経験したと答えています。いずれも、前回の調査より高い数値でした。

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原因は「性のあり方」ではなく、周りの無理解や偏見です
ここで大切なのは、この数字を「性のあり方そのものに問題がある」と受け止めないことです。大綱も、そのようには書いていません。
大綱は、自殺念慮の割合などが高いと指摘されている性的マイノリティについて、「無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つ」と捉えています。つまり、リスクを高めているのは本人ではなく、周囲や社会の側にあるという考え方です。
ReBitの2022年の調査でも、LGBTQの学生の9割以上が、自分の性のあり方について教職員に安心して相談できないと答えています。自分のことを話せない環境が続くと、人は孤立しやすくなります。こうした環境を変えることこそが自殺対策になる、というのが大綱の立場です。
当事者の声と研究が、2012年に大綱を動かしました
性的マイノリティについての記述は、最初から大綱にあったわけではありません。初めて盛り込まれたのは、2012年の見直しのときです。
その背景には、性的マイノリティの自殺リスクに関する研究と、それをもとにした働きかけがありました。研究者や議員、当事者団体などが協力して、対策の必要性を各方面に訴えたのです。GID(性同一性障害)学会も、岡山大学のジェンダークリニックを受診した性同一性障害の当事者のうち、約6割に自殺念慮があるというデータを示して要望しました。
東京都人権啓発センターの記事は、この明記によって、それまで見過ごされてきた当事者の存在が公にあらためて認められたと評価しています。その後、2017年と2022年の見直しでも、性的マイノリティに関する記述は引き継がれました。
大綱のどこに何が書かれている? ── 4つのポイントを読み解く

大綱は、50ページ近くある長い文書です。そのなかで、性的マイノリティに関する記述は、いくつもの章に分かれて登場します。ここでは、国が「当面の重点施策」として掲げる内容から、4つのポイントを取り上げます。
社会全体で「正しく知る」ことを進める
一つ目は、社会全体の理解を広げる取り組みです。大綱の重点施策「国民一人ひとりの気付きと見守りを促す」のなかに、性的マイノリティへの理解を進めることが書かれています。
ここでは、自殺について正しい知識を広めることと並んで、性的マイノリティへの理解を促す取り組みが掲げられています。担当するのは、法務省、文部科学省、厚生労働省などです。一つの省庁だけでなく、複数の省庁が連携して取り組むことが示されています。
学校の先生が理解を深める
二つ目は、学校の教職員への働きかけです。大綱は、子どもと日々接している担任や養護教諭などに向けて、研修や普及啓発を行うことを掲げています。
そのなかで、性的マイノリティについて教職員の理解を進めることが明記されています。この記述は、子ども・若者の自殺対策を扱う章にもくり返し登場します。大綱は、子どもにSOSの出し方を教えるだけでなく、大人がSOSを受け止められる環境を整えることも大切だと示しています。
「性的マイノリティへの支援の充実」という独立した項目があります
三つ目は、支援策そのものです。大綱の「社会全体の自殺リスクを低下させる」という章には、「性的マイノリティへの支援の充実」という独立した項目が設けられています。
性的マイノリティに向けた支援が、ほかの施策のなかの一文ではなく、一つの項目としてまとめられている点が特徴です。この項目には、相談や人権の救済、働く場のルールなど、生活のさまざまな場面に関わる施策が並んでいます。具体的な中身は、次の章で詳しく紹介します。
ひとりにしない「居場所づくり」と、実態を知るための調査
四つ目は、孤立を防ぐ取り組みと調査です。大綱は、孤立のリスクを抱えるおそれのある人の例として、自己肯定感が低い若者や、退職して役割を失った中高年の男性などとともに、性的マイノリティを挙げています。
そして、孤立する前に地域や支援とつながれるよう、オンラインも含めた居場所づくりを進めることを掲げています。また、若者や女性、性的マイノリティの自殺や生きづらさについての調査を支援することも書かれています。大綱は、こうした調査研究の成果を、地域の自殺対策の実践に生かしていく方針を示しています。
国・自治体・学校に求められること──それぞれの役割を知る
大綱に書かれた施策は、誰がどのように進めるのでしょうか。ここでは、国、自治体、学校という三つの立場ごとに、求められている役割を見ていきます。
国の役割は、相談窓口と人権救済、職場のルールづくり
国は、困ったときに頼れる相談の仕組みを整えます。法務局などでは人権相談を受け付けており、性的マイノリティへの嫌がらせなど、人権侵害が疑われる場合には調査をして必要な対応をとります。
また、性的指向・性自認を理由としたものも含め、社会とのつながりが薄くなっている人のために、24時間・無料の電話相談「よりそいホットライン」を設けています。必要に応じて、面接での相談や同行支援にもつなげます。
働く場についても定めがあります。性的指向・性自認に関する侮辱的な言動や、本人の了解なく他の社員に伝えることは、職場のパワーハラスメントにあたり得るとされています。さらに、採用の場面で性的マイノリティなどを排除しないよう、事業主への周知も行います。
自治体は、地域の計画にどう盛り込むかがカギ
都道府県や市町村は、大綱や地域の実情をふまえて「地域自殺対策計画」をつくることになっています。これは、自殺対策基本法で定められた仕組みです。
ただし大綱は、重点施策のすべてに自治体が取り組む必要はないと明記しています。地域の実態に合わせて、優先する施策を選ぶことが求められているのです。そのため、性的マイノリティへの支援を計画にどこまで盛り込むかは、自治体によって差が出る可能性があります。
こうした状況をふまえ、厚生労働省の交付金事業として、自治体向けの冊子がつくられ、全国の自殺対策の担当部署などに届けられました。また、2025年6月に自殺対策基本法が改正され、2026年4月からは、自治体が「協議会」を置けるようになりました。協議会では、学校や児童相談所、医療機関、民間団体などが、子どもの自殺防止について話し合います。
学校には、アウティングを防ぎ、相談しやすい環境づくりが求められます
学校で特に注意が必要なのが「アウティング」です。アウティングとは、本人の同意なく、その人の性のあり方を第三者に伝えてしまうことを指します。大綱も、大学などでアウティングが問題になっていることにふれ、正しい理解の促進と、学校での適切な教育相談を求めています。
文部科学省は、2022年12月に改訂した「生徒指導提要」に、性的マイノリティに関する課題と対応を新たに加えました。生徒指導提要は、学校で生徒指導を行う際の指針となるものです。そこでは、教職員の正しい理解や人権感覚を育てること、相談できる体制を整えることの大切さが示されています。
さらに、2025年の法改正では、学校が関係者と連携しながら子どもの自殺防止に取り組むよう努めることも、法律に明記されました。
まわりの人にできること ──「聴く」ことから始まる支え

制度を整えることと同じくらい大切なのが、身近な人の理解です。ここでは、まわりの人にできることと、支える側が気をつけたいことの二つを見ていきます。
打ち明けられたら「話を聴く」「勝手に広めない」
大綱では、悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聴き、必要な支援につなげて見守る人を「ゲートキーパー」と呼んでいます。そして、若者を含む一人ひとりが、身近なゲートキーパーとして行動できるようにすることをめざしています。
性のあり方について打ち明けられたときも、まずは話を聴くことから始めましょう。そのうえで、本人の了解なしにほかの人へ伝えないことが欠かせません。「よかれと思って」の行動も例外ではなく、本人の気持ちを確かめないまま話を広げれば、アウティングにあたります。
安心して話せる相手がいることは、大きな支えになります。ReBitの2025年の調査では、性のあり方について安心して相談できる人や場所がある人のほうが、ない人よりも自殺念慮の割合が12.1ポイント低いという結果でした。
支える人も、ひとりで抱え込まなくていい
一方で、相談を受けた側が悩みを抱えてしまうこともあります。大綱は、若者は相談窓口よりも、友人など身近な人に相談しやすい傾向があると指摘しています。そして、相談を受けた人自身が対応に困り、追い詰められる可能性があることにもふれています。
そのため大綱では、悩みを抱える本人だけでなく、支える家族や知人が孤立しないための支援も掲げています。支える側も、すべてを一人で背負う必要はありません。迷ったときは、支える立場から相談窓口を頼ることも一つの方法です。
「書かれている」を「届いている」へ ── 制度と身近な理解の両方が支えになる
大綱には、性的マイノリティへの支援がすでに数多く書かれています。社会の理解の促進、教職員の理解促進、相談窓口、職場のルール、居場所づくりと、その範囲は幅広いものです。
一方で、実際にどこまで取り組まれるかは、自治体や学校によって差が出る可能性があります。大綱に書かれた言葉を一人ひとりの安心に変えていくには、制度の充実と、身近な人の理解の両方が欠かせません。
もし今、つらい気持ちを抱えている方は、一人で抱え込まずに相談してください。「よりそいホットライン」(0120-279-338)は24時間・無料で利用できます。

