「Spectrosynthesis(スペクトロシンセシス)」という名は、光が虹色に分散する現象を指す「スペクトラム」と、アイデアや物質を統合するプロセスを意味する「シンセシス」、さらには植物が光を糧に生命を育む「光合成(フォトシンセシス)」を掛け合わせた造語です。
LGBTQIA+を問う芸術実践を束ねながら、その光のスペクトルのように多様な声を交差・拡張させるという理念が、このタイトルには凝縮されています。このシリーズを主導するのは、香港を拠点とするコレクター、パトリック・サンが2014年に設立したサンプライド財団です。同財団はLGBTQIA+コミュニティとその支持者たちのために、より強く、健全で公平な世界を育むことを使命として掲げており、アジア各都市の主要な美術機関と連携しながら、その地域固有の社会・政治・文化的文脈に根ざした展覧会を継続的に開催してきました。
世界を巡回してさまざまな虹を映し出す。
シリーズの出発点となったのは、2017年に台北の台北當代藝術館(MoCA Taipei)で開催された「Spectrosynthesis: Asian LGBTQ Issues and Art Now」です。22名のアーティストによる51点の作品が展示されたこの展覧会は、アジアの主要な現代美術機関で開催された初の大規模なLGBTQ+展として位置付けられました。台湾は同年、憲法裁判所が同性婚を支持する判断を下したことで世界的な注目を集めており、この展覧会はその社会的な胎動と共鳴する形で実現しました。続く第2弾はバンコクのバンコク・アート&カルチャー・センター(BACC)にて2019年から2020年にかけて開催され、アジア各地から50名以上のアーティストが参加しました。そして第3弾となったのが、香港の旧中区警察本部を再生した文化施設「大館当代美術館(タイクン・コンテンポラリー)」での展覧会です。
「Myth Makers—Spectrosynthesis III」と題されたこの展覧会は、「クィア神話」という核心的な概念を軸に据え、アジアとそのディアスポラ出身の60名以上のアーティストによるLGBTQIA+の視点に関わる多様な芸術的語彙を集結させたものでした。アジアの古代の信仰体系や伝統のなかに見られる同性愛的な愛と欲望、あるいはジェンダーの流動性を浮かび上がらせる「クィア神話」を探求するアーティストたちから着想を得るとともに、スペクタクルやセレブリティ、遊戯性や越境性、さらには非規範的な身体の実践と歴史を扱う現代アーティストたちの作品をとおして、現代における「新たな伝統」もまた照射しました。
一方で、香港で言論の自由をめぐる環境が急速に変化しつつあるなか、ある映像作品が性的な内容を理由に展示から除外されるという一幕もあり、この展覧会は自由の現在を探るものとしても機能しました。
「トランス」をテーマにしたソウル展示
そして2026年、シリーズの第4弾として韓国・ソウルのアートソンジェセンターで「Spectrosynthesis Seoul」が開幕しました。本展は、韓国における主要な芸術機関がクィア・アートに正面から向き合った初の本格的な展覧会として位置付けられており、74組のアーティストとチームが参加した大規模な展示となっています。キュレーションはアートソンジェセンター芸術監督のスンジュン・キムと、香港中文大学文化研究の助教授であるヨンウー・リー博士が担当しており、「トランス」を展示の核となるテーマとして据えることで、身体・民族・ジェンダー・生と死・現実と幻想といったさまざまな境界を押し広げてきた人々の変容的な状況を考察しています。

過去3回の展覧会がアジア全域から幅広いアーティストを招いていたのに対し、本展では74組の参加作家のうち約50組が韓国のアーティストであり、大きく方向性を異にしています。それはソウルという都市が長年育んできたクィア文化の地層を、この展覧会が真正面から掘り起こそうとしているためです。鍾路(チョンノ)の益善洞(イクソンドン)や楽園(ナグォン)、梨泰院(イテウォン)といった街区はいずれも韓国のクィア的生の発祥地として長く知られており、急速な近代化の過程で周縁化された人々の経験もまた、展示の重要な主題をなしています。
オ・インファンによる《Where He Meets In Seoul》はそれをより象徴的に表しており、ゲイバーやクラブなどで時おり使われるお香を用いてソウルのバーやパーティなどクィアに馴染みのあるスポットを燃焼させることで可視化しています。

会場はアートソンジェセンター全体を覆い尽くしており、従来のギャラリー空間のみならず、ロビーやアートホール、廊下や普段は使われていない隙間のような空間までもが移行と変容の場へと作り変えられています。

展覧会には、ギルバート&ジョージやダン・ヴォー、アニー・リーボヴィッツ、ロバート・ラウシェンバーグといった国際的な著名作家のサンプライド財団コレクションの作品とともに、サイレン・チョン・ウニョン・ジョン、カン・スンリー、マーク・ブラッドフォードらによる本展に合わせて制作された作品も並びます。なかでもシン・ワイ・キンによるインスタレーション《ESSENCE》はラグジュアリーな香水ブランドのキャンペーンを模した映像と巨大なビルボードで構成され、展覧会の入口から来場者をクィアのアイデンティティが美学化・商品化された世界へと誘います。
展示の規模感は、LGBTQIA+コミュニティがより広い社会の一部であることを体感させると同時に、「集会」や「デモ」にも似た熱量をもって会場全体に満ちており、ソウル市長が公にLGBTQIA+への支持を否定し、プライドの会場利用を制限しているという政治的現実と鋭く緊張しています。

Spectrosynthesisは東京でも開催予定
Spectrosynthesisがこれまで展覧会を開催してきた台北・バンコク・ソウル、そして次の開催地となる東京は、いずれもクィア・コミュニティや社会運動が近年その可視性を高めてきた都市でありながら、家族・異性婚・社会的同調への圧力が依然として大きい場所でもあります。次の「Spectrosynthesis」は東京都現代美術館を舞台に、2027年2月のオープンに向けて準備が進められています。日本においても、性的少数者をめぐる制度的な保護は依然として不十分であり、同性婚の法制化は実現していません。そうした状況のなかで、世界有数のメガシティである東京でこの展覧会が開催されることの意味は、決して小さくありません。
サンプライド財団のパトリック・サンは、かつて自らの出身地である香港での開催に際して懐疑的な声があったことを振り返りながらも、展覧会は公衆にも美術界にも好意的に迎えられたと語り、その経験が財団の方向性を改めて確認させてくれたと述べています。台北から始まり、バンコク、香港、ソウルへと続いてきたこのシリーズが、次に東京という地で何を問い、何を可視化しようとするのか。その問いは、アジアにおけるクィアの権利と表現の未来を見つめる、世界中の人々に共有されるものとなっています。

「Spectrosynthesis Seoul」
住所:Art Sonje Center 87 Yulgok-ro 3-gil, Jongno-gu Seoul, 03062 Korea
アクセス:地下鉄 安国駅 徒歩10分
会期:5/20-6/28(終了)
展示料:10,000ウォン
営業時間: 火〜日曜 12:00-18:00
定休日: 月曜日
Instagram(アートソンジェセンター):https://www.instagram.com/artsonje_center/
Web:https://artsonje.org/en/exhibition/spectrosynthesis-seoul/

