毎年6月、ソウルの鐘路〜市庁周辺ではレインボーフラッグがはためきます。K-POPのビートが鳴り響き、ドラァグクイーンたちがデコレーションされた台車で舞い、LGBTQ+当事者とアライ(支持者)が入り混じって声を上げる……韓国最大のLGBTQ+イベントであるソウル・クィア・カルチャー・フェスティバル(Seoul Queer Culture Festival、以下SQCF)です。
2000年から始まり、2024年には25周年を迎えたこのフェスティバルは、東アジアにおけるクィア運動の最前線を走り続けてきました。しかし、その歴史は、保守派との衝突や会場問題など、一筋縄ではいかない闘いの連続でもありました。前編はSQCFの沿革と概要、プライドマンス全体の雰囲気、東京のプライドパレード(Tokyo Pride)との比較、後半はソウルクィアパレード(SQP)の様子と現在も続く課題について、紹介します。
50人の行進から15万人の祭典へ
SQCFの起源は2000年8月、ソウル市内の大学路(テハンロ)にさかのぼります。当時の参加者はわずか50人ほどで、沿道の市民からは罵声を浴びせられることもありました。それでも「クィア文化祭―虹2000」として産声を上げたこの小さな集まりは、韓国初のプライドパレードとして、後のムーブメントの礎となりました。

2001年からは韓国クィア映画祭(Korea Queer Film Festival、KQFF)が併開催されるようになり、イベントは単なるパレードを超えた文化的な広がりを持ち始めます。KQFFは現在も、国内外のLGBTQ+映画を70本以上を上映するアジア最古のゲイ・レズビアン映画祭として続いています。
参加者数は年々増加し、2013年には会場を弘大(ホンデ)エリアに移して初めて1万人を突破、2015年にはソウル市庁前のソウル広場をメイン会場として採用し、主催者発表で3万人が参加するまでに成長しました。2017年には約8万人、2019年には15万人(主催者発表)と飛躍的に規模が拡大しました。
なお、2018年にはイベント名が「コリア・クィア・カルチャー・フェスティバル」から「ソウル・クィア・カルチャー・フェスティバル(SQCF)」に改称されました。これは、大邱(2009年)、釜山・済州(2017年)、仁川(2018年)など、地方都市でもクィア文化祭が独立して開かれるようになったことを背景に、首都圏のイベントとして名称を整理したものです。現在、韓国全土では10以上の地域でクィア文化祭が開催されています。
コロナ禍の2020〜2021年はオンライン開催となりましたが、2022年に3年ぶりに現地での開催を再開しました。2024年の第25回には、後述するソウル広場問題にもかかわらず15万人以上の参加者を集め、過去最多を更新しました。
3週間にわたる複合イベント
SQCFは単日のパレードではなく、約3週間にわたる複合的な文化イベントです。毎年5月下旬から6月下旬にかけて開催され、その構成はおおよそ以下のようになっています。
まず、韓国クィア映画祭(KQFF)が約3週間にわたってソウル市内の映画館で開幕します。スローガン「Open the Queer Window(クィアの窓を開けて)」を掲げ、国内外のLGBTQ+映画を上映するほか、監督や出演者によるゲストビジットやクィア映画トークといったプログラムも充実しています。
フェスティバルのクライマックスとなるのが、6月の最終土曜日前後に行われるソウル・クィア・パレード(Seoul Queer Parade、SQP)です。レインボーグッズに身を包んだ参加者たちがソウル都心部を行進するこのパレードは、人権団体や大学のクィアサークル、労働組合、外国大使館、グローバル企業(IKEAやTinder Koreaなどが参加)の出展ブースなど、多様なグループが一堂に会します。ステージでは音楽パフォーマンスや政治的なスピーチが行われ、ドラァグクイーンによるショーも欠かせない見どころです。
パレード終了後は、梨泰院の「ホモヒル」と呼ばれるゲイナイトライフの集積エリアで夜通しパーティーが開かれ、祝祭の雰囲気は夜まで続きます。また近年はオンラインでもSQPが配信され、遠方からも参加できる取り組みが進んでいます。

K-POPと虹の接点。「Into the New World」が持つ意味
SQCFを語る上で欠かせないのが、K-POPとクィアカルチャーの交差点です。パレードの行進中、定番のように流れるのが少女時代(ガールズ・ジェネレーション)の2007年デビュー曲「Into the New World」です。
この曲は、困難な道を越えた先にある新しい世界への希望を歌ったもので、もともとは性的少数者をテーマにした曲ではありません。しかし、その普遍的な歌詞「目の前には前途遠い未知の道と障害がある。それでも変わらない。あきらめられない」という部分が韓国のクィアコミュニティに深く響き、フェミニスト運動や大学での抗議活動など、さまざまな社会運動の場でも使われてきました。メンバーのティファニーは2021年、クィアクリエイティブ集団「NEON MILK」とコラボし、LGBTQ+のファンがこの曲をアンセムに選んでくれたことへの感謝を公言しています。
こうした動きは個人にとどまりません。SQCFの主催団体は「文化的なリーダーからのサポートは非常に重要だ」と語りつつも、「K-POPアーティストが海外でLGBT支持を表明するのは良いことだが、韓国国内でも勇気を持って同じことをしてほしい」と正直な本音も明かしています。実際、オープンなLGBTQ+アーティストはごくわずかで、シンガーのオランダ(Holland)や、公然とトランスジェンダーであることを公言するQI:Xのような存在は、まだまだ例外的です。K-POPの保守的な業界構造の中で、クィアの可視化は今も途上にあります。
多様化する参加者層
初期のSQCFは、当事者コミュニティとごく一部のアライ中心の小規模な集まりでした。それが今や、多様な顔ぶれが集まる開かれたフェスティバルへと変貌しています。
当事者コミュニティはもちろん中核を担います。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィアの若者たちが全国各地から集まり、年に一度の「仲間と出会える場」として参加します。2022年の会場では、雨の中を3.8キロメートルのパレードを歩き終えた20代のレズビアンカップルが「こんなに多くの人が自分たちと同じだと感じ、支え合えることが素晴らしい」と語るシーンも印象的でした。
大学生・学生団体の存在感も大きく高まっています。10以上の大学のLGBTQ+サークルが共同で組織する連合体が毎年パレードに参加し、クィアフェスタの会場を求める学生たちが声を上げています。2023年にソウル広場が使用できなくなった際には、全国10大学20のLGBTQ+・人権支持団体が合同で抗議活動を行いました。
韓国に住む外国人のクィア、アライコミュニティ・観光客の参加も年々増えており、フェスティバルの国際色が豊かになっています。米国やフランス、EU諸国など13の外国大使館が出展ブースを設けることもあり、グローバルなアライシップの表明の場ともなっています。
さらに、労働組合や市民団体、リベラル系政党もパレードに参加します。2017年には当時の正義党代表・李貞味(イ・ジョンミ)氏が国政政党の代表として初めてフェスティバルに参加し、同性婚の法制化などを訴えました。国家人権委員会も同年、国家機関として初めてブースを設置しています。

日本のTokyo Prideとの比較
日本では、1994年に東京で初めてプライドパレードが開催されました。現在のTokyo Prideは代々木公園を中心に毎年4〜6月に開催され、2025年には約27万5000人が参加するアジア最大規模のプライドイベントに成長しています。
SQCFとTokyo Prideの最大の違いのひとつは、社会的・政治的な文脈の重みが異なる点です。日本では同性パートナーシップ制度が自治体レベルで普及し、社会的な理解が比較的広がっています。一方、韓国には性的指向・性自認を保護する包括的差別禁止法が存在しておらず(後述)、パレードそのものが政治的主張を持つ運動としての側面をより強く持っています。
開催時期と規模も異なります。Tokyo Prideは代々木公園でフェスティバル形式を中心に展開され、大型スポンサー企業の参加が目立ちます。SQCFは初夏から夏にかけて、映画祭・パレード・政治集会を組み合わせた複合イベントとして展開されます。どちらも市民ボランティアが支える草の根運動を原点としていますが、韓国では毎回会場の確保そのものが政治的な課題となる点が大きく異なります。
両者の連帯も注目されます。2015年以降、SQCFとTokyo Prideは互いのイベントにブースやパレードフロートを出し合う協力関係を築いており、東アジアのクィアコミュニティが国境を越えてつながる象徴的な取り組みになっています。
50人の小さな行進から始まったSQCFは、四半世紀をかけて15万人規模のフェスティバルへと成長しました。会場を変え、嫌がらせに抗いながらも止まることなく続いてきたその歩みは、韓国のクィアコミュニティの粘り強さを体現しています。
後半では、今年のSQPのパレードの様子や参加者へのインタビュー、現在も続く課題について紹介します。
「Seoul Queer Parade 2026」
Instagram:https://www.instagram.com/sqpexe/
Web:https://www.sqcf.org/link

