中国国内でも群を抜いて国際都市として多くの人が行き交う街、上海。时尚(流行)や海外トレンドがいち早く届く街として中国国内からも若者やクィアが集まる中で、街のクィアコミュニティはどのようになっているのでしょうか。また、社会的緊張や同性愛者への規制や監視があるなかでプライドやコミュニティイベントは開催されているのでしょうか。

中国・上海におけるクィアの立ち位置
中国では1997年に同性愛が非犯罪化され、2001年には精神疾患の分類からも外されました。刑法上の罰則はなく、都市部では公然と迫害されるわけではありませんが、同性婚や同性パートナーシップを認める法律はいまだに存在せず、性的指向・性自認を理由とする差別を禁じる包括的な法律もありません。つまり「取り締まらないが、権利としても認めない」という宙づりの状態が長く続いてきたといえます。
そうした中で上海は、中国国内では比較的クィアに寛容な都市とされてきました。1990年代初頭には中国大陸初期のゲイバーの1つ「Eddy’s」が開店し、90年代後半にかけて同性愛者向けのバーやビジネスが急増しました。2005年には復旦大学が中国大陸で初めてLGBT研究の講座を開設しています。研究者のHongwei Bao氏は、上海のクィアコミュニティについて、アヘン戦争後の不平等条約を起因として外国人居住地域が多くできた租界時代からの国際性や資本主義経験を背景に「他都市に比べて慎重ながらも独自の洗練された文化」を築いてきたと分析しています。2010年代半ばまでは、毎年開催される「上海プライド(上海驕傲節)」を筆頭に、コミュニティイベントやパーティー、バーが緩やかに増加する時期が続きました。
一人っ子政策撤廃から10年間、変化はあった?
潮目が変わったのは2020年です。12年間続いた上海プライドは同年6月、主催者が「当局からの嫌がらせと脅迫で安全を感じられなくなった」として、すべての活動停止を発表しました。これを境に、支援団体の閉鎖が相次ぎます。2019年に成都の「ミルクLGBTサービスセンター」が、2021年には「LGBT権利擁護中国(LGBT Rights Advocacy China)」が、そして2023年5月には中国最大かつ最も歴史のある「北京LGBTセンター」が15周年からわずか4日後に「不可抗力」を理由として閉鎖しました。ボランティアだったマリー・ヤン氏は「あまりに突然で、何が起きたのか分からない人がほとんどだった」と振り返っています。
社会的な締め付けも強まりました。2021年にはテレビ番組から「女らしい」とされる男性の出演を排除する指針が出され、SNS上のLGBTQIA+関連アカウントも次々と削除されています。2022年5月には清華大学の女子学生2人がキャンパスに虹旗を置いたことで懲罰を受け、行政訴訟を起こしましたが、北京の裁判所は2023年、国家安全に関わるとして訴えそのものを受理しませんでした。中国生まれのあるゲイ男性は取材に対し「支配者たちは”ゆでガエル”の戦術を使っている。かつてあった自由な空間が、ぬるま湯のように少しずつ縮んでいる」と語っています。もっとも、2026年5月には最高人民法院の研究室が、性的指向・性自認に基づく職場差別やいじめを人格権の侵害として認め得るとの異例の回答を示しました。法的拘束力はないものの制度的な認識としては意義深い一方、この件を報じる投稿の多くはすぐにSNSから削除されており、可視化の難しさは変わっていません。
要因は1つではなく、複雑な情勢によって左右されていますが、少子化・人口危機の焦りから「新時代の結婚・出産文化」を掲げて異性婚と出産を国策とするなかでLGBTQIA+当事者がそれに反するという判断がされていること、広い市民社会統制の一環でイシューに関わらず制限を受けていること、またLGBTQIA+そのものが「西側」のイデオロギーとして統制の対象になっていることなどが挙げられます。
レイブ、ドラァグ、パーティー文化の規制
クラブ・レイブシーンでは、2016年に深圳のテクノパーティーが摘発され、参加者全員が薬物検査を受けさせられた事件が象徴的な転機とされています。現在はシャンパンサービスを売りにする商業的スーパークラブと、コミュニティ重視のアンダーグラウンド系クラブ(上海の.TAGやElevatorなど)が併存し、後者は地元DJのレジデンシーやクィア向けパーティーの数少ない安全な受け皿になってきました。ただし薬物検査で陽性反応が出れば、外国人は即国外退去、中国籍者は服役と継続的な監視の対象になります。上海在住のある大学教員は「これは特別な指令というより、より大きな権威主義的傾向の一部だ」と指摘しています。

象徴的な事例として、上海の名物だったレズビアンバー「Roxie Shanghai」は2024年、「制御不能な力」によって閉店を余儀なくされました。トランスジェンダーの著名ダンサー金星さんも、2023年から2025年にかけて広州・仏山・蘇州・上海と各地で公演が相次いで中止となり、専門家は「トランスコミュニティの灯台的存在への圧力は、社会全体に冷たい風を送る」と懸念を表明しています。
上海在住のクィア・Jennyさんによるとパーティーやクラブは摘発の対象になりやすく、クィアパーティーは特に監視されることもあるといいます。規制も強まりつつある中で、上海では长宁区にある複合施設「C PARK」に若者が集まると教えてくれました。C PARKは地下のワンフロアに約4〜5店舗クラブやバーが入居しており、その日のチケットを買えば周遊できる仕組みが特徴です。クィアパーティーやクラブ自体はないものの、入居する「Specters」や「Reactor」は比較的寛容な姿勢を持っているといいます。彼らはLGBTQIA+コミュニティのオーガナイザーとも繋がりがあり、ドラァグパフォーマーやクィアのDJがプレイすることなどもあるといいます。
この日もLGBTQIA+とベトナム人を中心としたイベント・音楽やアート制作を行うコレクティヴ「VAPCUCDA」のレイブが行われていました。

こうした場所がある一方で、Jennyさんは唯一の場所ゆえ競争も多様性も生まれにくいと話してくれました。そこにあり続けるために一定数の基準に従ったうえでできたスペースは予想を覆すことはなく、一定数の人にとっては退屈な場所になりつつあるといいます。また、クィアだけでなくレイブコミュニティ自体も大きいわけではないため多くの人がここに集まるため、クィアスペース・コミュニティとして機能したり、安心できる場所ではないのも事実。Jennyさんは、東京の高円寺のようにアンダーグラウンドカルチャーが育たないと新しいカルチャーは生まれづらいと危惧していました。
ドラァグシーンでも、天津出身のドラァグクイーンNiohuru Xが2023年に米国の「Dragula」で優勝した後そのまま拠点をロサンゼルスに移すなど、才能ある表現者が国外に活路を求める流れが目立ちます。仮装表現そのものへの警戒も強く、2023年のハロウィンには若者たちが風刺的・ジェンダー越境的な仮装で街に繰り出しましたが、2024年には上海警察が仮装・メイク・かぼちゃやコウモリの装飾までも一律に禁止し、無許可の場合は強制措置も辞さないと通告しています。
クィア関連のアートブックや制作活動
中国では1990年代末から、当事者による自主出版のzineがクィア文化の記録装置として機能してきました。女性向けとしては最初期の「天空(Sky)」(1999〜2001年)、コミュニティ誌として長く続いた「朋友(Friends)」(1998〜2008年)、現在まで続く「点(GaySpot)」(2007年〜)、「酷拉时报(Queer Lala Times)」(2013〜2016年)などが代表例です。これらは正式なISBN/ISSN(本や雑誌などの出版物を世界中で正確に見分けるための国際的な番号のこと)を持たず、法的にはグレーな独立出版として流通してきました。近年は資金不足と検閲、そしてデジタルシフトによって紙媒体としての事実上の廃刊や停止などが相次いでいます。そういった背景もあり、2025年にはオランダのライデン大学が散逸しつつあるこれらのzineや関連資料を集めた「ライデン中国クィアコレクション」を設立したり、中国のルーツを持ったアーティストが他国の媒体とコラボレーションや共同制作、独立雑誌の制作など、記録と継承の拠点が海外に移りつつあります。
こうした動きはクィア関連に限りません。
学者や学生が集った上海の老舗独立書店「季風書店」は、政府と関係のあるビル所有者が契約更新を拒んだことなどから2018年に閉店に追い込まれ、2024年9月にワシントンD.C.で「JF Books」として再出発しました。店主のYu Miao氏は「当局が我々の存在を望んでいないという噂を聞いた」と語っています。クィア関連のアートブックやzineを扱ってきた個性的な独立書店の多くも、こうした都市部の店舗閉鎖・移転の大きな流れと軌を一にしています。

こうしたインディペンデントカルチャーは政治に大きく左右され、情勢に合わせて形を変えていく一方で、存続自体が危ぶまれているのも現状。場所を変えたり、業態を別のサービスと併用したり、会員制にすることでコミュニティを支え続けています。

