「もしパートナーが急に入院したら、自分は病室に入れるのだろうか」。そんな不安を抱いたことはないでしょうか。法律上の家族ではない同性カップルでも、書面を整えることで備えられることは少なくありません。パートナーシップ合意契約、任意後見契約、遺言書、保険の受取人指定と、その方法はさまざまです。
この記事では、主な書面を例に、それぞれでできることと限界をわかりやすく紹介します。当事者はもちろん、身近な人を支えたいと考える方にも役立つ内容です。書面ごとの役割を知ることが、二人に合った備えを見つける手がかりになります。
法律上は「家族ではない」──同性パートナーが困りやすい3つの場面
はじめに、どんな場面で困りごとが起きやすいのかを見てみましょう。日本の法律では、同性カップルは婚姻という形をとることができません。そのため、どれだけ長く一緒に暮らしていても、法律の上では「家族ではない」として扱われる場面があります。病院・財産・制度の3つの場面から見ていきます。
病院で「ご家族の方ですか?」と聞かれたら
パートナーが救急車で運ばれ、病院で「ご家族の方ですか?」と聞かれる。そんな場面を想像したことはあるでしょうか。
国の考え方では、本人の意思を支える人は家族に限られていません。厚生労働省のガイドラインは、本人の意思を推し量る「信頼できる者」の範囲を、2018年の改訂で広げました。家族だけでなく、親しい友人なども含む「家族等」が対象です。一人暮らしの人が増えていることが、その背景にあります。
一方で、医療の現場では、家族や身元保証人の存在が求められることもあります。国の審議会の資料では、身元保証人がいないことだけを理由に病院が入院を拒まないよう、対策を求める提言が紹介されています。こうした実情を踏まえると、元気なうちに「この人に任せたい」という意思を形にしておくことが、いざというときの支えになります。
亡くなったあと、財産はどうなるの?
もう一つの大きな場面が、どちらかが亡くなったときです。国税庁の解説では、法律上の婚姻をしていない内縁関係の人は、相続人に含まれないとされています。同性パートナーも同じ扱いです。そのため、何も準備をしていないと、二人で築いた財産であっても、子や親、きょうだいなどの法定相続人が受け継ぐことになります。
夫婦であれば使える仕組みが使えない場合もあります。「配偶者居住権」は、亡くなった人が所有する家に住んでいた配偶者が、その後も家賃なしで住み続けられる権利です。また「特別の寄与」は、相続人ではない親族が介護などで貢献したとき、相続人にお金を請求できる制度です。
どちらも近年の相続法改正でできた仕組みですが、法律上の配偶者や親族ではない同性パートナーは利用できません。住まいや生活費に関わるため、早めに知っておきたいポイントです。
パートナーシップ制度でできること・できないこと
こうした状況のなかで、多くの自治体が取り入れているのが「パートナーシップ制度」です。二人の関係を自治体が証明したり、宣誓を受け付けたりする仕組みで、2015年に東京都渋谷区と世田谷区で始まりました。
渋谷区と認定NPO法人虹色ダイバーシティの共同調査では、2025年5月末時点で532の自治体が導入し、登録件数は9,837組でした。制度がある自治体に住む人の割合は、全国の9割を超えています。
東京都の制度では、受理証明書によって、都営住宅への入居申し込みなどのサービスを利用できるようになりました。2026年2月末までに、累計2,026組に証明書が交付されています。ただし東京都は、この制度は婚姻とは異なり、法律上の効果を生じさせるものではないと説明しています。制度を上手に使いつつ、足りない部分を別の書面で補う。これが、今の仕組みの中で暮らしを守る現実的な方法です。
「気持ち」を書面にする──医療と生活の備え
ここからは、具体的な備えを見ていきます。最初に、病気やけがで自分の意思を伝えにくくなったときに備える書面です。二人の約束を形にする契約、将来の支え手を決める契約、治療の希望を伝える話し合いの三つを紹介します。
二人の約束を公的な書類にする「パートナーシップ合意契約」
パートナーシップ合意契約は、二人が共同生活を送るうえでの約束ごとをまとめた契約です。生活費の分担や財産の扱いなどを、二人で話し合って決めます。社会のルールや常識に反する内容でなければ、基本的には自由に決めることができます。
この契約は、公証役場で「公正証書」にすることもできます。公正証書とは、公証人に作成してもらう、証明力のある公的な文書のことです。渋谷区では、パートナーシップ証明を受ける条件として、区が定める事項を明記した合意契約の公正証書が必要とされています。二人の関係を公的に示す書類として、自治体の手続きでも使われているのです。
なお、合意契約はあくまで二人の間の約束です。書面を作っただけで、あらゆる場面で家族と同じ扱いになるわけではありません。どんな場面で使いたいのかを考えたうえで、盛り込む内容を決めましょう。
判断が難しくなったときに頼る人を決める「任意後見契約」
任意後見契約は、将来、認知症などで判断する力が弱くなったときに備える契約です。誰に支えてもらうのか、どんなことを任せるのかを、元気なうちに自分で決めておけます。任せられる内容には、銀行や役所での手続き、施設への入所手続きやその支払いなどがあります。
この契約は、公証人が作成する公正証書で結ぶ必要があり、結んだあとは法務局に登記されます。公証役場の手数料は、1契約につき13,000円です。実際に効力が生じるのは、家庭裁判所が「任意後見監督人」を選んだときです。任意後見監督人とは、後見人の仕事を中立の立場で見守る人のことです。
渋谷区のパートナーシップ証明では、お互いを後見人の候補とする契約が必要です。そのため、AさんからBさんへ、BさんからAさんへの2本の契約を結びます。
気をつけたいのは、任意後見人も、医療行為への同意権を当然にもつわけではないとされている点です。これは、家族や法定後見人の場合と同じです。手術などの治療に関する希望は、次に紹介する方法で、別に伝えておく必要があります。
「どんな治療を望むか」を伝えておく書面と話し合い
治療についての希望を伝える方法として、国が普及を進めているのが「人生会議(ACP)」です。もしものときに望む医療やケアを前もって考え、身近な人や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みです。「人生会議」という愛称は、2018年11月に厚生労働省が決めました。
厚生労働省のガイドラインでは、自分の意思を推し量ってくれる人を、あらかじめ決めておくことが重要だとしています。さらに、話し合った内容をその都度文書にまとめ、本人と家族等、医療・ケアチームで共有することも勧めています。パートナーをこの「信頼できる者」として決め、内容を書面に残しておけば、病院に意思を伝える手がかりになります。
書き方に迷うときは、自治体が配布している記入シートも参考になります。たとえば埼玉県志木市は、自分の思いや希望を整理して書き込めるACPの記入シートを用意しています。気持ちは体調や年齢によって変わることもあります。一度書いて終わりにせず、ときどき見直しましょう。
「もしものあと」に備える──財産と手続きの書面

次に、どちらかが亡くなったあとに備える書面です。残されたパートナーが、住まいや生活費、手続きで困らないための方法として、遺言書、生命保険、死後事務委任契約の三つを見ていきます。
大切な人に財産を遺す「遺言書」
遺言書を作っておけば、法定相続人ではないパートナーにも財産を遺すことができます。遺言書には主に、自分で書く「自筆証書遺言」と、公証人が作成する「公正証書遺言」があります。
自分で書く場合は、法務局に遺言書を預ける制度も利用できます。法務局が保管するため、紛失や書き換えを防げます。亡くなったあとに家庭裁判所で内容を確かめる「検認」という手続きも不要です。ただし法務局は、形式は確認しても、遺言の内容が有効かどうかまでは確認しません。内容の相談にも応じていないため、不安があるときは専門家に相談するか、公証人が内容を確認する公正証書遺言を検討しましょう。
もう一つ知っておきたいのが「遺留分」です。これは、亡くなった人の子どもや親に法律で保障された、最低限の取り分のことです。子どもや親がいる場合、遺言書で全財産をパートナーに遺すと書いても、遺留分を請求される可能性があります。なお、兄弟姉妹には遺留分がありません。
税金にも違いがあります。相続税がかかる場合、配偶者や親・子ども以外の人が財産を受け取ると、税額が2割加算されます。配偶者だけが使える税の軽減制度も、パートナーには使えません。親族との関係や税金を踏まえて、内容を検討しましょう。
生命保険の受取人にパートナーを指定する
生命保険の死亡保険金は、契約で決めた受取人に支払われます。受取人は配偶者や近い親族とするのが基本ですが、保険会社によっては、一定の条件のもとで同性パートナーを指定できます。その際は、自治体のパートナーシップ証明書の写しや、同居を示す住民票などの提出を求められることがあります。
たとえばライフネット生命では、2015年11月から、同性パートナーを受取人に指定できるようにしています。同居期間などの条件を満たすことが必要です。東京都も、パートナーシップ宣誓制度の受理証明書で利用できる民間のサービスを一覧にして公開しています。条件や必要な書類は、会社や商品によって異なります。加入前に問い合わせておきましょう。
税金の扱いにも違いがあります。亡くなった人が保険料を払っていた場合、相続人が受け取る死亡保険金には、「500万円×法定相続人の数」までの非課税枠があります。しかし、相続人以外の人が受け取った場合、この非課税枠は使えません。さらに、遺言で財産を受け取る場合と同じく、相続税額の2割加算の対象にもなります。保険金額を決める際は、税負担も含めて考える必要があります。
葬儀や役所の手続きを任せる「死後事務委任契約」
人が亡くなると、葬儀や納骨、住まいの退去など、さまざまな手続きが必要になります。これらを生前に、信頼できる人へ任せておく契約が「死後事務委任契約」です。
ただし、この契約だけではできないこともあります。その代表が、死亡届の提出です。死亡届を出せる人は戸籍法で決まっており、親族や同居者、家主、後見人、任意後見人、任意後見受任者などに限られています。死後事務を任された人を届出人に加えるかどうかは、法務省の審議会でも検討課題として取り上げられてきました。しかし今の決まりでは、死後事務を任されたというだけでは届出人になれません。役所へ届書を持って行くことはできても、届出人として署名するのは、資格のある人でなければならないのです。
そこで役立つのが、先に紹介した任意後見契約との組み合わせです。任意後見契約で後見人を引き受けた人は、「任意後見受任者」として、契約の効力が生じる前でも死亡届を出せます。その際は、登記事項証明書か、任意後見契約の公正証書の謄本が必要です。同居しているパートナーなら、「同居者」として届け出ることもできます。ただ、入院や施設入所で離れて暮らす場合もあるため、二つの契約をあわせて準備しておくと確実です。
準備を始める前に──書面の組み合わせ方と相談先
ここまで、さまざまな書面を紹介してきました。最後に、実際に準備を始めるときの考え方と、情報の集め方の二つを見ていきます。
一枚の書面ですべては守れない──組み合わせて考えよう
紹介した書面や取り組みは、それぞれ役割が異なります。判断能力が衰えたときの支えは任意後見契約、治療の希望を伝えるのは人生会議です。亡くなったあとの備えは、遺言書・生命保険・死後事務委任契約が担います。
どれか一つで、すべてを解決しようとしないことが肝心です。たとえば任意後見契約は、亡くなった時点で終わるため、財産を遺すことはできません。パートナーシップ制度の証明書も、法的な効力を持つ書面と組み合わせることで、より確かな備えになります。
必要な準備は、二人の年齢や財産、親族との関係によって変わります。まずは「今いちばん不安なのはどの場面か」を話し合い、一つずつ進めていきましょう。
どこに相談すればいい?専門家と情報の探し方
書面づくりは、目的に合った専門家の力を借りて進めるのが近道です。公正証書を作るときは、全国の公証役場が窓口になります。契約書の中身を一から考えたい場合は、弁護士や司法書士、行政書士に相談する方法があります。親族との争いが心配な場合は、弁護士に相談すると安心です。相続税が気になる場合は税理士に、保険の受取人については加入している保険会社の窓口で確認できます。
相談の前に、公的機関のサイトで基本的なしくみを調べておくと、話がスムーズに進みます。住んでいる地域の制度については、自治体のホームページが確かな情報源です。東京都の制度の詳細は、東京都総務局のホームページにまとめられています。練馬区のように、パートナーシップ関係の人が利用できる区のサービスを一覧で公開している自治体もあります。全国の導入状況は、民間団体のMarriage For All Japanもデータベースで公開しています。
「書くこと」は二人の将来を話し合うこと──今日からできる小さな一歩
制度が届かない部分は、書面で補うことができます。一枚の書面ですべてを守ることはできませんが、組み合わせることで、備えは確実に厚くなります。
当事者にとっては、「もしものときも意思が届く」という支えになります。支援者にとっては、「選択肢を知って伝えられる」という力になります。
書面を作る過程は、お互いが何を大切にしたいのかを確かめ合う時間でもあります。まずは「もしものときはどうしてほしいか」を二人で話すことから、小さな一歩を始めてみてください。具体的な準備は、専門家の助言を受けながら進めましょう。

