「レインボー・リール東京」は、1992年に「東京国際レズビアン&ゲイ・フィルム&ビデオ・フェスティバル」として産声を上げた映画の祭典です。前年の1991年、ILGA(国際レズビアン・ゲイ協会)日本代表を務めていた南定四郎氏が「芸術表現を通じて社会におけるゲイの認知を促す」という目的のもとに「ゲイアートプロジェクト」を立ち上げ、そこから映画祭の企画が動き出したと言われています。第1回は中野サンプラザの研修室で開催され、上映作品は23本でした。その後、吉祥寺のバウスシアターを経て、1996年からは青山のスパイラルホールが長く会場となり、1998年には名称も「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に改められています。2016年から現在の「レインボー・リール東京」という名称に変わりました。日本国内で最も古く、そして最大級のクィア映画祭のひとつとして、毎年開催されています。

貴重なインディー・クィア映画に出会える
この映画祭の存在意義を語るうえで欠かせないのが、「まだ日本で評価が定まっていない作品を、いち早く紹介してきた」という蓄積です。セリーヌ・シアマ監督の『トムボーイ』は日本公開の10年前にあたる2011年に日本語字幕付きで上映されており、またアンドリュー・ヘイ監督の『WEEKEND ウィークエンド』も、劇場公開に先立つこと7年前の2012年に上映されています。レズビアン映画やトランスジェンダーを扱った作品など、メインストリームの配給網からは漏れがちな作品を掬い上げてきた歴史も、この映画祭の性格を形づくってきました。
そうした蓄積のうえに立つ第33回は、渋谷のユーロライブと東京ウィメンズプラザホールの2会場、計4日間という構成で開催されました。全8作品のうち7作品が日本初上映という編成は、単に新作を並べるというより、世界各地の映画祭で評価を受けながら日本にはまだ届いていない作品を選び抜くという、この映画祭が創設以来続けてきた姿勢の延長線上にあると言えます。
新たな視点から知っておきたいクィア史まで
今年のラインナップでは、インターセックスという当事者性を扱った『シークレット・オブ・ミー』、クィアをジャンル映画的な語り口で描いた『シレンシオ』、マレーシアのクィアパンクバンドを追ったドキュメンタリー『クィア・アズ・パンク』など、「クィア映画」という括りの中にある多様性そのものにフォーカスした選定がなされていました。ブルース・ラ・ブルースによる『来訪者』のように、パゾリーニ作品を下敷きにした挑発的な一本が交ざっている点も、単なる啓発的な作品紹介にとどまらない編成の幅を感じさせます。

そして、この33回の歴史を踏まえたときにもっとも重みを持っていたのが、後半最終日のクロージング作品として上映された『熱狂をこえて』でした。松岡弘明監督によるこのドキュメンタリーは、1931年に樺太で生まれた南定四郎氏(以下、南氏)の生涯を追った作品です。南氏は22歳で上京したのち、1984年にゲイ解放運動を開始し、1994年には日本で初めてとなるプライドパレードを実現させました。本人の証言に加え、当時の関係者へのインタビューや報道資料、映像資料を織り込みながら、運動が熱を帯びていく過程と、その熱が回を重ねるうちに独善的なものへと変質し、第3回パレードで大きな反発を受けて南氏自身が運動の第一線から退いていく経緯までを、時代に翻弄されたひとりの半生として描き出しています。
最終上映後は松岡弘明監督が壇上に立ち、オンラインで現在沖縄に住む南氏と繋ぎトークが行われました。南氏は一時期体調を崩したものの、最近は元気を取り戻し、家の2階でインターネットも嗜んでいるそうです。松岡監督からは、この映画を撮ることになったきっかけや心情の変化などを壇上で語っており、真剣に、また時に見せる無邪気な笑顔が作品の構成や南氏のさまざまな表情を引き出していたことを物語っていました。
この映画祭を語るうえで南氏は創設の起点にいる人物であり、その人物の生涯が33回目の映画祭の締めくくりに置かれたという事実は、単なる作品選定を超えた意味を持っていたように思われます。海外から集められた7本の新しい視点を経たうえで、最後にこの映画祭がどこから始まったのかへと立ち返る構成は、レインボー・リール東京が毎年更新を重ねながらも、ムーブメントとして過去から今が地続きにあることを手放していないことを示していたのではないでしょうか。
イベントを作るって?ボランティアスタッフにインタビュー
―― お三方ともボランティアスタッフは複数回参加されているそうですが、どういうきっかけで関わるようになりましたか?
Aさん:もう1人プログラマーを長年やっている方がいるんですけど、その方が誘ってくれたのが最初です。プログラマーはイベントで上映する作品を決めるのが役割で、英語字幕とかを見て選定するんですけど、そういう作業が好きだったので楽しく作業しています。
今までは社会派や、正攻法的なラブストーリーといったが多い印象だったと思うんですけど、今年は『シレンシオ』っていうちょっとホラー映画風の作品があったり、『来訪者』っていうエクスペリメンタルな映画が選んだりと、ジャンルを広くとって「多様性」っていうのを考えて選びしました。
Bさん:私は最初、お客さんとして2010年代前半に参加しました。当時はまだ「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」として開催していたときで、クィアやアライとみられるスタッフがたくさん楽しそうにしていたのをみていました。その光景を覚えていたので、翌年に応募して当日ボランティアとして関わることになりました。

当日ボランティアは会場内の場内整理や、舞台挨拶イベントがあったときはタイムキーパーやパネル出しをやったり。普段関わらないことを体験できたので楽しかったです。
Cさん: 7年ぐらい携わってる身からすると、レインボー・リール東京のイベントもボランティアスタッフも病みつきになっちゃって笑 「毎年のイベントが楽しみで、それ以外の363日を耐え忍んでいる」っていう話もあったくらいです。
私にとってはレインボー・リール東京は「居場所」。そして個人的には、「プライドパレード」とはまた違う層の支えになってるとも思っています。どちらも南定四郎さんが創設しているのですが、性質的にプライドパレードは表現したい「自分」をオープンに、あるいは権利や存在をアピールしたり祝福する場になってると思うんです。それに対して、レインボー・リール東京はもう少し落ち着いている雰囲気で、内向的な人たちにとっての憩いの場になっているような気がします。
―― ボランティアには学生も多いんですか?
Cさん:リピートしてくれるスタッフも多いのはいいことなのですが、学生のボランティアはそこまで多いわけではないです。みんな卒業したり、社会人の方もいます。
レインボー・リール東京は広報活動とかに人手が足りてなかったり、純粋に性質などもあるかもしれませんが、Tokyo Prideにユース世代が多く見受けられたのを見ていると単純に知られてないのかなみたいな感じはあります。興味のある人はぜひ、ボランティアスタッフに参加して欲しいです!
事務局長を務めるDさんにもお話を聞きました
―― 何がモチベーションで、この映画祭に掻き立てられてるのでしょうか?
Dさん:私が関わり始めたのは第8回からですね。きっかけは、大学4年生の時に今でいうLGBTQ+やセクシャルマイノリティというイシューに興味を持って、ボランティアを探していたんです。そこから友達に紹介されて98年に初めて参加しました。当時はこういうコミュニティのイベントってなかったと思うし、ちょうどその時期はパレードは行われていなかったんです。南さんのドキュメンタリーを観られていたらご存知かもしれませんが、 94年から3回やって中断して、2000年から再開するので。

ボランティアの仕事は最初、字幕翻訳のコーディネーターを担当していました。 20人ぐらいの翻訳者さんに頼んでやり取りしつつ、台本を取り寄せて全部コピーして……という作業。僕が入ったころはまだインターネットが今ほど普及していなかったので、フィルムを取り寄せていたし、当時の代表の人が海外へ行ったついでにすごい大きいフィルムを持ち帰ったこともあったそうです。スタッフとは当時、中野にあった「LOUD」というレズビアン・バイセクシャル女性のためのスペースで毎週対面のミーティングがあって、そこでスタッフとも仲良くなりました。
やらなきゃいけないことは当時からたくさんあって、字幕をつけるのもかなり大変でした。フィルムを借りたもので字幕を焼き込むことはできないから、別のプロジェクターで打ち込んでたんですよね。
映画のプロジェクターと字幕のプロジェクターを2台稼働させて合わせて投影していた作品もあったし、タイムデータを入れるやつもあるんですけど、実際に上映が始まって遅れたりずれたり、最悪止まっちゃったりなんかもしてステージに出て謝ったりしたこともあります笑
そこから団体として2015年にNPOに登録して現在に至る、といった感じです。
―― 今後はどうしていきたいですか?
コロナ禍を経て、ますます楽しみが多様化したように思えます。クィア映画に関してもミニシアターやインターネットで観れるようになった。わざわざ映画祭ボランティスタッフとして時間を使うという選択肢以外にも楽しいことがたくさんある時代になったのはいいことだと思います。一方で、レインボー・リール東京の長所としては、長く続いてるっていうことだと思うので長く続けたいとも思っています。

組織は今人が少なくて、私も仕事が忙しいんですけど、誰もやらないと「やらないといけないかな」っていう気持ちで活動しています。でも、こうしてリピートしてくれるボランティアスタッフの方々がいるということもイベントのよさの表れだと思いますし、個人的には以前スパイラルホールで一時期行っていたようなバーや売店のようなブースをまた行いたいなと思っています。
クィアの活動やクリエイター、独立書店などもそこで呼べたらより多くの人たちの憩いの場になっていくのではないでしょうか。
観る、届ける、発信する。それぞれの形でイベントを支援する
33回目を迎えてなお、国内外の作品を橋渡しし続けるという創設以来の役割と、自らのルーツを見つめ直す視線とが同じ会期の中に同居していたことが、今年の後半プログラムのもっとも大きな特徴だったと言えます。毎年レインボー・リール東京の開催を楽しみにする人が増え続ける中で、ボランティアスタッフも常時募集しているとのこと。
映画を観るだけでなく、運営したり届けることに興味を持った方はぜひ問い合わせフォームより申込してみては。今後のイベント開催の詳細などは公式HPやSNSから。
イベント情報(イベントは終了しました)
レインボー・リール東京公式HP:https://rainbowreeltokyo.com/
問い合わせ:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeRwnUo1W13lUGPzCEdFM8wLRSKP0E-1LUUB5dLyeqU63pidg/viewform
Instagram:https://www.instagram.com/rainbowreeltokyo/
X: https://x.com/RRT_TILGFF

