音楽とファッションは、純粋な娯楽や装いを超え、時代の価値観や社会の空気を映し出す鏡になっています。特にLGBTQ+コミュニティにとっては、自己表現と連帯のための不可欠な手段であり、抑圧や偏見に抗うための文化的ツールでもあります。
本記事では、20世紀初頭から現代にかけて、音楽とファッションがどのようにLGBTQ+カルチャーを形作り、変革を促してきたのかを探ります。
音楽が拓いた解放の場
20世紀初頭のブルース/ジャズ
ジャズやブルースの誕生期のニューオーリンズやハーレムには、同性愛者やトランスジェンダーの音楽家が数多く存在しました。トニー・ジャクソンやグラディス・ベントリーは、その存在を隠さず舞台に立ち、当時としてはきわめて大胆なパフォーマンスを披露しました。彼らの音楽は、閉ざされた社会の中に自由な空間を生み出し、のちのLGBTQ+表現の原点となります(※1)。

1970~80年代:グラム・ロックとディスコ
デヴィッド・ボウイやフレディ・マーキュリー、エルトン・ジョンといったミュージシャンは、きらびやかな衣装やアンドロジナスなビジュアルで既存の性別規範を揺さぶりました。グラム・ロックの世界では、男性がドレスを纏い、これまでフェミニンとされていたメイクを施すことが新たな魅力として受け入れられました。
一方でThe Loftを起源とするディスコは、ニューヨークのクラブシーンでゲイ男性、トランスジェンダー女性、有色人種が自由に集える数少ない場でした。音楽とダンスは、彼らが日常の差別や暴力から逃れられる「解放区」として機能し、同時に外の世界に対してもパワフルな文化的発信となりました(※2)。
また、LGBTQ+の歴史において象徴的な出来事とされる ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジのバーでの「ストーンウォールの反乱」もこの時期に起きています。

ボールルームとヴォーギング
1970年代のハーレムで発展したボールルーム文化は、LGBTQ+の人々、特に黒人やラテン系のトランス女性にとって、安全で誇りを持てる社交場でした。そこで生まれたヴォーギングは、ポーズや動きで自らの美とアイデンティティを誇示するダンススタイルで、1990年のマドンナの『アイム・ブレスレス』から先行発売された1枚目のシングル「Vogue」によって世界的に知られるようになります(※3)。

現代の“クィア”ポップ
21世紀に入ると、Billie Eilish、Troye Sivan、Sam Smith、KATSEYEなど、性的指向やジェンダーを公言するアーティストがポップシーンの中心に登場しました。彼らは単に「クィアであることを隠さない」だけでなく、そのアイデンティティを積極的に音楽や映像作品に取り入れています。SNSやストリーミングの時代、こうしたアーティストは世界中のLGBTQ+若者に即座に届き、共感と勇気を与えています。
ファッション:境界を越える装い
キャンプと美学
派手さ、皮肉、過剰さを特徴とする「キャンプ」は、1960年代からゲイカルチャーで発展し、のちにアートやファッションの言語にもなりました。きらびやかなスパンコール、性別を意図的に混ぜるスタイリングは、社会の規範を戯画化し、挑発する手段となったのです。
ジェンダーレスの潮流
1980年代のジャン=ポール・ゴルチエやヴィヴィアン・ウエストウッドは、既存の性別境界を破壊するデザインを打ち出しました。現代ではハリー・スタイルズやジャネル・モネイがスーツとドレスを自在に着こなし、ファッション誌の表紙を飾っています。こうしたスタイルはLGBTQ+由来の美学を受け継ぎながら、より広い層に受け入れられています(※4)。

日本での動き
日本でも、1990年代のヴィジュアル系バンド(X JAPAN、MALICE MIZERなど)がアンドロジナスなビジュアルを広め、性的少数者の自己表現に影響を与えました。最近では古着文化やK-POPカルチャーの影響を通じて、若者が性別に縛られない服装を楽しむ姿も見られます。
音楽 × ファッション:カルチャーを動かす力
音楽とファッションは、LGBTQ+カルチャーにおいてしばしば一体となって進化してきました。グラム・ロックのように音楽ジャンル自体がファッションを伴って発展した例や、ボールルームのように衣装とパフォーマンスが不可分な文化もあります。現代の音楽フェスやプライドイベントでは、派手なコスチュームとクィア・アーティストのライブが共鳴し、「見える」文化として社会にメッセージを送っています。
ブルースやジャズの密やかな自己表現から、グラム・ロックやディスコの解放感、ボールルームの誇り、そして現代のジェンダーレスなファッションまで…音楽とファッションはLGBTQ+の歴史と切り離せません。差別・偏見、不寛容、暴力、排除といったものと隣り合わせになりながら紡がれたそれらは単なる流行スタイルではなく、抵抗と祝祭、そしてLGBTQ+コミュニティが確かにそこにいるという存在を示すための主張の歴史なのです。
参考文献
※1 The Daily Aztec A timeline of LGBTQ+ influence in music
※2 RA Alternative Histories of Sexuality in Club Culture
※3 TIME The Ballroom Scene Has Long Offered Radical Freedoms For Black and Brown
Queer People. Today, That Matters More Than Ever
※4 ICONIQA The Influence of Queer Culture in Mainstream Art