30代になった今でも、雑談の中でふいに聞かれる「彼女いるの?」という一言に、答えに迷う自分がいます。ゲイである私は、LGBTQ+当事者として、この何気ない質問に心がざわつく経験を何度もしてきました。
多くの人にとっては軽い会話のきっかけに過ぎません。けれど、当事者にとっては自分を偽るか、それともカミングアウトするかを迫られる場面になり得ます。この記事では、私自身の体験をもとに、非当事者には見えにくい違和感や負担についてお伝えします。
「彼女/彼氏いるの?」が自然に出てくる社会

社会の多くは「恋愛=異性愛」を前提に成り立っています。ドラマや映画、学校行事や職場の世間話に至るまで、異性同士の恋愛が“普通”として描かれるのが当たり前です。
この前提の中では、誰かに恋人がいるかを聞くときも「彼女いるの?」「彼氏いるの?」という二択になります。非当事者にとっては自然で当たり前の言葉ですが、その無意識の前提が当事者を置き去りにしてしまうのです。
質問する人にとっては、単なる会話のきっかけや親しみを込めた言葉です。むしろ「仲良くなりたい」「近況を知りたい」という気持ちが込められていることも多いでしょう。だからこそ、非当事者は「その一言が相手に負担を与えるかもしれない」と想像するのが難しいのです。
体験談から見る違和感

学生時代:嘘を重ねて身についた癖
クラスメイトから「彼女いるの?」と聞かれたとき、私はいつも「いない」と答えていました。本当は男性に惹かれていたのに、それを言葉にする勇気が持てなかったからです。
一見何の変哲もない日常会話の一コマに見えるかと思います。ですが、こうしたやり取りを繰り返すうちに、「本当の気持ちは隠すもの」という習慣が身についてしまいました。人に素直に気持ちを話すことが苦手になり、30代になった今でもその癖は抜けきれていません。
また、嘘をつき続けることで「自分は正直に生きられない存在なんだ」と感じ、自己肯定感が下がっていったことも事実です。
社会人になってからの葛藤
大人になっても同じ質問が繰り返されます。職場の飲み会では「彼女いないの?」「結婚はしないの?」と笑いながら聞かれました。場の雰囲気を壊さないように笑ってごまかしつつ、心の中では「また本当の自分を隠してしまった」と後悔が残りました。
さらに苦しいのは、実際に「恋人」がいる時です。質問された瞬間に、私は次の三択を迫られます。
- 「いない」と答える → 大切な存在をなかったことにする嘘
- 「彼氏がいる」と言う → その場でカミングアウトするリスクを背負う
- 「彼氏」を「彼女」と置き換える → 新しい嘘をでっちあげる
どれを選んでも、心に後味の悪さが残ります。大切な人を隠す罪悪感、自分を偽る苦しさ、関係性が壊れるかもしれない不安。そうした気持ちが積み重なることで、「自分は社会に想定されていない存在なんだ」と痛感するのです。
非当事者には見えにくいポイント
「彼女/彼氏いるの?」という一言は、聞く側にとっては当たり前の問いかけかもしれません。しかし、その言葉には「相手は異性愛者である」という前提が含まれています。その無意識の前提が、当事者を「外側」に追いやってしまうのです。
一度や二度の会話であれば笑って流せるでしょう。けれど、人生の様々な場面で繰り返し同じ状況に直面すると、その積み重ねは心にじわじわと影響していきます。自分を隠す癖や、自己肯定感の低下につながることもあり、当事者でなければ想像しにくい負担といえます。
どう聞けばいい?だれでもできる工夫
中立的な言葉を選ぶ
「恋人いるの?」「パートナーいる?」といった中立的な表現を使うだけで、当事者は以前よりは自由に答えやすくなります。ほんの少しの言い換えでも安心感は高まります。
とはいえ、これらの聞き方であってもやはりデリケートな問題です。「いる」と答えた瞬間、その先には「カミングアウト」という大きなハードルが控えています。だからこそ、聞く側の姿勢や距離感がより一層大切になるのです。
詮索ではなく関心として
「無理に聞き出す」のではなく、「もし話したければ聞きたい」という姿勢で接することが大切です。その余白があるだけで、相手は安心して本音を話すかどうかを自分で選べます。
当事者として伝えたいこと
LGBTQ+当事者は特別扱いを望んでいるわけではありません。ほんの少し言葉を工夫してもらえるだけで、「自分も最初から想定されている」と感じられるのです。その安心感は、想像以上に大きな支えになります。
会話の中で「想定されているかどうか」は、その人が社会の一員として受け入れられているかどうかに直結します。非当事者が少し意識を変えるだけで、誰もが安心して自分らしく話せる社会に近づいていきます。
おわりに:小さな配慮が社会を変える

「彼女いるの?」という何気ない質問は、非当事者にとっては軽い雑談に過ぎません。しかし、LGBTQ+当事者にとっては心をざわつかせ、嘘をつくか、カミングアウトするかを迫られる瞬間になり得ます。
その積み重ねは「自分を出さない癖」や「自己肯定感の低下」につながることもあります。けれど、ほんの少し言葉を変えるだけで、会話は誰にとっても安心できるものに変わります。
小さな配慮が大きな安心を生み、やがて社会全体の生きやすさにつながっていく。そんな未来を一緒に作っていきたいと願っています。