映画やドラマ、アニメなどのポップカルチャー業界で、クィアキャラクターの存在は確実に大きくなっています。しかし、この多様性描写の拡大はすべての人から歓迎されているわけではありません。こちらの記事では、ポップカルチャーにおける理想的なLGBTQ+描写について、実際に指摘されている課題を踏まえて考察します。
現代ポップカルチャーとLGBTQ+描写の現状
より自然なアイデンティティとして作品に盛り込まれることが増えているLGBTQ+描写ですが、ポップカルチャー全体を占める割合や属性の偏りに課題が残っています。ここでは、現代ポップカルチャーにおけるLGBTQ+描写の現状を解説します。
ポップカルチャーでのクィアキャラクター・LGBTQ+描写の増加
近年のポップカルチャーでは、クィアキャラクターが登場する機会が増加し、以前までは「笑いの対象」「悲劇的な結末を迎える」などの”ステレオタイプ”から、アイデンティティの一部として自然に描かれる傾向が強まっています。
その背景には、NetflixやHuluなどストリーミング配信によるコンテンツ普及があります。テレビ放送では、全年齢に適用する放送倫理やスポンサー企業への配慮による表現制限が多くありました。一方で、ストリーミング配信では放送局やスポンサーの介入が限定的だからこそ、先駆的なLGBTQ+描写が実現し、それが評価されたことで、作品作りの発展につながっているといえます。
課題① ポップカルチャーの全体に対するクィアキャラクターの割合
USC Annenberg Inclusion Initiativeの「Inequality in 1,700 Popular Films」調査によると、2023年のトップ映画でセリフや名前のあるキャラクターのうちLGBTQ+に該当するのはわずか約1.2%でした。
In 2023, a total of 60 speaking or named characters were LGBTQ+.
Of these, 33.3% (n=20) were lesbian, 51.7% (n=31) gay, 13.3% (n=8) bisexual, 1.7% (n=1) another sexuality, and 0 transgender.
This culminates into 1.2% of all speaking characters.
2023年、LGBTQ+のキャラクターは合計60人で、全発話キャラクターの1.2%に相当する。
さらに同調査では、2023年に公開されたトップ映画のうち76本にはクィアキャラクターが登場していないこと、LGBTQ+描写の47%は不十分な表現(アンダーレプレゼンテッド)と評価されていることが示されています。さらに、作中でLGBTQ+が親として描かれているのはわずか7人に留まっています。
Ipsosの「LGBT+ PRIDE 2023」では、LGBTQ+と自己認識してる割合は9%だと報告されています。ポップカルチャーの1.2%という数字は、現実を大幅に下回っていることから、当事者たちの声を反映しつつ、自然で多様な表現の深化が求められます。
課題② 偏りのあるクィアキャラクターの属性割合
LGBTQ+の人権団体GLAAD「Where We Are on TV 2023-2024」調査によると、ストリーミング配信のオリジナルシリーズに登場したクィアキャラクターは327人いました。そのうちの属性割合は、ゲイ、レズビアン、バイセクシャルだけで約82%を占めていることがわかります。

T(トランスジェンダー)やQ+(アセクシャル、ノンバイナリーなど)のキャラクターは依然として低い水準だとわかります。LGBTQ+における真の多様性を追求するためには、可視化されていない属性にも焦点を当てる姿勢が求められます。
クィアキャラクター・LGBTQ+表現を巡る議論と賛否
社会全体で多様性を尊重する動きが加速する一方で、ポップカルチャーにおけるLGBTQ+描写については様々な議論がされています。ここでは6つの事例を解説します。
“過剰なポリコレ”と叩かれる多様性描写
近年は、クィアキャラクターが登場するだけで「ポリコレだ」と反射的に批判される機会が増えています。ポリコレが加速すると、言葉選びや表現などの自由が制限されることで、コンテンツ自体の深みが損なわれると懸念する層がいます。
批判が加速する要因として、2024年からアカデミー賞で導入された「多様性基準」が挙げられます。本来は多様な人たちにキャリアの機会を拡充したり社会全体の理解を促進する目的だったはずが「受賞のための演出だ」といった誤解や反発を生むことになりました。
度を超えた言葉狩りやクィアキャラクターの登場は、ポップカルチャーの弊害になるかもしれませんが、適切なポリコレは偏見や差別をなくすきっかけになることも事実です。
クィアベイティングによるコミュニティからの失望
クィアベイティングとは、性的マイノリティの総称「クィア」と釣り餌「ベイト」を合わせた言葉で、LGBTQ+を匂わせつつも明言を避けることで、世間の注目を集めつつ、保守層からの反発を避けようとする戦略を指します。
かつて、クィアのアイデンティティは、笑い・悲劇・悪など否定的な意味で描かれることが多く、それによって苦しんだ当事者も少なくありません。このような背景を無視し、同性愛やジェンダーレスを軽率に扱い「多様性に配慮した」とアピールするための材料とすることは、安易な消費だと批判されています。
とはいえ、表現の自由は認められているからこそクィアベイティングの判定は難しく、制作側の意図に反して批判の的になることもあります。制作側はリアリティと当事者への配慮が求められ、観客としては作り手の意図を汲み取ろうとする意識が必要です。
「若年層に同性愛描写を見せるのは早すぎる」という批判と反論
若年層に向けたLGBTQ+描写は「子どもたちが混乱する」「アイデンティティやセクシャリティが不安定なときに見るべきではない」と批判する声があります。
ディズニーチャンネルのティーン向けドラマ『アンディ・マック』では、10代の少年がゲイをカミングアウトするストーリーが放送されて大きな反響を集めました。ポジティブな反応がある一方で、批判的な声もあり、クィアキャラクターを演じた俳優ジョシュア・ラッシュは自身の考えを明らかにしました。
I am very disappointed in the way this show has been directed. There are some very good messages through the show for it’s young audience, but introducing gays is a very poor example to the young adults watching this show. Poor choice Disney.
このドラマの演出には失望した。若い視聴者に向けて良いメッセージ性が込められていたのに同性愛者を出すのは悪影響じゃないか。ディズニーは選択を間違えたね。(X(旧Twitter)の匿名ユーザー)
I’m sorry you feel that way. Here’s the thing though: gay kids are gonna exist no matter whether you like it or not. And we need to support and love all kids in every way we can. So when someone realises they are gay, I want them to identify with something so they’re not alone.
そのような考えを持っていることは残念だ。君がどう思おうとも、同性愛者の子どもは存在するのが事実なんだ。僕は、その子たちを支えて愛するつもり。誰かが「自分は同性愛者かも」と気づいたとき、サイラスと重ねることで孤独ではないと感じてもらいたい。(ジョシュア・ラッシュ)
彼の指摘する通り、適切な演出がされたポップカルチャーコンテンツは、自身の性的指向・性自認で悩む若者の孤独感を拭う重要な役割を担います。ただクィアキャラクターを登場させるのではなく、LGBTQ+でも「愛されること」「自然であること」「相談できる場所があること」などを丁寧に描写することが重要です。
クィアキャラクターのキャスティングをめぐる当事者の機会損失
ハリウッドを中心に、クィアキャラクターのキャスティングを巡る議論が加速しています。映画『Rub&Tug』でシスジェンダーのスカーレット・ヨハンソンがトランスジェンダーのキャラクターに起用された際、トランス俳優から強い批判を受けました。
Oh word? So you can continOh word? So you can continue to play us but we can’t play y’all?ue to play us but we can’t play y’all? Hollywood is so fucked. I wouldn’t be as upset if I was getting in the same rooms as Jennifer Lawrence and Scarlett for cis roles, but we know that’s not the case. A mess.
なるほど?つまり、あなたたち(シスジェンダー)は私たち(トランスジェンダー)を演じても良いけど、私たちがあなたたちを演じるのはダメってわけ。ハリウッドって本当に腐ってる。ジェニファー・ローレンスやスカーレット・ヨハンソンと一緒にオーディションを受けられるならまだしも、そのチャンスすらもらえないなんて、めちゃくちゃだ。
トレース・リセッテ(トランス俳優)
Actors who are trans never even get to audition FOR ANYTHING OTHER THAN ROLES OF TRANS CHARACTERS. THATS THE REAL ISSUE. WE CANT EVEN GET IN THE ROOM.
そもそも、トランス俳優は、トランスキャラクター以外のオーディションに呼ばれることがない。これこそ根深い問題だと思う。私たちはオーディションルームに入ることすらできないんだから。
ジェイミー・クレイトン(トランス俳優)
※スカーレット・ヨハンソンはオーディションではなく、キャスティングされていた
トランス俳優たちの勇気ある発信は反響を呼び、スカーレット・ヨハンソンは、降板を発表。同時に、ジェンダーコミュニティと文化理解を深める姿勢を示しています。今回の出来事は、ポップカルチャーのキャスティング基準を変える転機になりました。
カミングアウトをプロットツイストに使う脚本への批判
映画やドラマでは、カミングアウトがプロットツイスト(どんでん返し・ネタバレ)として用いられます。本来、個人のセクシャリティはアイデンティティの一部として自然に描かれることが望ましいです。しかし、カミングアウトをセンセーショナルに扱うと、クィアキャラクターの内面部分が軽視され、LGBTQ+が単なる象徴として消費される恐れがあります。
テーマ性によってはカミングアウトが作品の重要な場面になることはあるかもしれませんが、当事者のリアルな声や経験を反映し、メッセージ性や意図を明確にすることで、批判の代わりに共感や感動を与える鍵となります。
文化的背景によるLGBTQ+描写の規制
国・地域の文化的背景を理由にLGBTQ+描写の一部がカットされたり、作品自体が上映・配信できないケースがあります。
- 『バズ・ライトイヤー』一部の中東圏では同性愛の描写を理由に上映なし
- 『エターナルズ』一部の中東圏ではゲイヒーローの登場を理由に上映なし
- 『オンワード』ロシアでは同性愛を匂わせるセリフをカットして上映
多くの国でも表現の規制があったように、国・地域が持つ独自の宗教や法律の影響を無視して、グローバルスタンダードを押し付けることは最適な解決策とはいえません。しかし、規制に関わらず当事者は存在していることも事実です。配信プラットフォームの多様化を活用して、世界中の誰もが「見たいものを自ら選べる」基盤を整備できれば、新たな価値観の形成に大きく寄与できる可能性があります。




