近年注目されはじめた「セクシュアルマイノリティ」という概念ですが、マイノリティにあたる人々は昔から存在していました。そして、今後も人生は続き、ライフステージは進んでいきます。高齢化社会の中で、これまで可視化されていなかった高齢マイノリティが安心して老後を過ごせるようになるにはどうしたらいいのか、現状と今後についてまとめました。
「存在しないこと」にされてきた高齢LGBTQ+

「LGBTQ+」という言葉が使われるようになったのは1990年代頃からのことです。それ以前の時代を生きてきた現在の高齢者世代にとって、自分のセクシュアリティを公にすることは、社会的な死を意味することですらありました。
現在に至るまで、異性愛を前提とした「標準的な家族」のモデルが強固な中で、セクシャルマイノリティの人々は自分自身を隠さざるを得ませんでした。多くの人が自分のアイデンティティを抑圧し、時には偽装結婚という選択を迫られることもありました。
このような長年の隠蔽と抑圧により、現在の高齢LGBTQ+の人々は深刻な社会的断絶を経験しています。カミングアウトしないまま高齢期を迎えた人々は、今さら周囲に真実を打ち明けることの困難さと、偽りの自分のまま人生を終えることへの複雑な思いを抱えています。
介護・医療現場で直面する課題

高齢期に入ると、誰もが医療や介護のサービスを必要とする可能性が高まります。しかし、セクシャルマイノリティの高齢者にとって、これらの現場は新たな困難の場となることがあります。
最も深刻な問題の一つが、パートナーシップの法的保障の不足です。長年連れ添った同性パートナーがいても、法的に家族として認められないため、医療現場での意思決定権や面会権が制限される場合があります。緊急時に病院から連絡を受けることができない、治療方針について相談を受けられない、といった事態が実際に発生しています。
介護施設においても、職員の理解不足や偏見に晒される可能性があります。また、施設での共同生活において、他の入居者や職員に自分のセクシュアリティを知られることへの不安から、必要な支援を求めることを躊躇してしまうケースもあります。トランスジェンダーの高齢者の場合、入浴介助や身体介護の際に特に深刻な問題が生じることもあります。
当事者の声 ― 自立を求められる老後の現実

LGBTQ+の高齢者の多くが「頼れない・頼らない」生活をしている、または将来そのような生活を想定しています。
高齢者向けのトータルサービス会社を運営する久保わたるさんは、ゲイの親友が「長く生きても仕方ない」と自死を選択したことや、お世話になったゲイバーのママが「飲酒、病気、そして引きこもり」になったことをきっかけに、全ての高齢者が「助けてほしい」と言える環境づくりを目指して見守り活動などを続けています。
なぜ、マイノリティの高齢者は頼らない・頼れないのでしょうか?
この背景には、家族との関係の複雑さがあります。カミングアウトによって家族と絶縁状態になった人、子どもを持たない選択をした人、異性との結婚歴があっても現在は同性パートナーと生活している人など、それぞれが異なる家族関係の課題を抱えています。
従来の高齢者支援は、配偶者や子どもによる家族介護を前提としたシステムが中心となっています。しかし、セクシャルマイノリティの高齢者の多くは、この前提から外れた生活を送っているため、既存の支援の網の目からこぼれ落ちやすい状況にあります。結果として、必要な時に助けを求めることができず、社会的な孤立感を深めてしまうのです。
参考文献: 性的マイノリティ(LGB)高齢者の主観的生活課題(北島 洋美, 杉澤 秀博著)
見えない存在から見える支援へ

現在、いくつかの自治体や民間団体では、LGBTQ+の高齢者支援に向けた取り組みが始まっています。東京都渋谷区や世田谷区では、パートナーシップ制度により同性カップルの関係性に一定の法的保障を与える制度が導入されています。
民間では、LGBTQ+フレンドリーな介護施設やデイサービスの取り組みも見られるようになりました。職員研修を充実させ、多様性を尊重した環境づくりを進める事業者が少しずつ増えています。
しかし、これらの取り組みはまだ点在している状況で、全国的な広がりには至っていません。多くの地域では、LGBTQ+の高齢者は依然として見えない存在のままです。
包摂的な高齢社会に向けて

誰もが安心して年を重ねられる社会を実現するためには、制度面での改善と社会全体の意識変革が不可欠です。
制度面では、医療・介護現場でのLGBTQ+への配慮を明文化したガイドラインの策定が急務です。また、介護保険制度においても、多様な家族形態を想定した柔軟な運用が求められます。遺言書の作成支援や成年後見制度の活用など、法的保護を強化する仕組みも必要でしょう。
しかし、制度だけでなく、私たち一人ひとりの意識変革も重要です。高齢者支援に携わる専門職への研修充実、地域コミュニティでの理解促進、そして何より「多様な老い方」を認める社会的な風土を作り出すことが必要です。
セクシャルマイノリティの高齢者が直面する課題は、実は私たち全員に関わる問題でもあります。家族に頼れない状況、経済的な不安、健康への懸念、社会的な孤立…これらは誰もが抱える可能性のある老後の不安です。
すべての人の尊厳ある老後のために

超高齢社会を迎えた日本において、セクシャルマイノリティの高齢者の問題は、決して特殊な少数者の問題ではありません。すべての人が尊厳を持って年を重ねられる社会を築くことは、私たち全体の課題です。
長年隠されてきた存在に光を当て、支援の輪を広げていくことは、結果としてすべての高齢者にとってより良い社会を作ることにつながります。多様性を包摂した高齢社会の実現に向けて、今こそ具体的な行動を起こすときです。