アウティングとは、本人の同意なく、性自認や性的指向などのセンシティブな情報を他者に伝えることです。これは、個人の尊厳を深く傷つけ、信頼関係を根底から壊してしまう行為です。しかし、このアウティングは「悪気なく」、うっかり起きてしまうケースも少なくありません。
この記事では、アウティングを防ぐための会社全体のルールづくりと、私たち一人ひとりが意識すべき行動について解説していきます。
会社として決めておくべき“最低限のルール”

すべての人が安心して働ける職場にするためには、まず会社として明確なルールを設け、それを周知することが不可欠です。特に「個人の属性情報を無断で第三者に共有しない」という基本原則を明確にすることが大切です。
個人の属性情報とは、その人がどう生き、どう名乗るかに関わる情報で、本人が公表するかどうかを選ぶ権利があるものを指します。具体的には、性自認や性的指向、出生時に割り当てられた性、呼ばれたい呼称などが該当します。
この「個人の属性情報」を尊重し、アウティングを防ぐために、以下の5つのポイントを会社のルールとして明確にします。
1. アウティング禁止を明文化する
ルールの認知を広めるためには、簡潔な文章が有効です。「本人の同意なく個人の属性情報を第三者に共有しない」という一行を、社員全員が目にする社内ポータルサイトなどに固定しましょう。定期的に確認できる場所に掲示することで、認知が広まりやすくなります。
同時に、このルールは「特定の人への特別対応」ではなく、全員に当てはまる一般ルールであることも周知します。
2. 呼称・表示名は本人希望で統一する
職場で使われる氏名や性別の表記は、本人の希望に沿って統一します。会社に提出する書類には、旧名や性別を記載する欄を設けないのが望ましいです。
注意が必要なのは、異動やシステム切り替えのタイミングです。こうした変更時は表記のズレが生じやすいため、実施後に総務や人事などの担当部署が、名簿に不備や表記の不一致がないか最終確認を徹底するルールを運用に加えると、不用意なアウティングの防止につながります。
3. 写真・SNSの共有は無断でしない
社内イベントや日常業務の写真を、社内外へ公開する場面が増えています。写真を公開したり共有したりする際は、細心の注意を払いましょう。社員の顔がわかる写真の公開やSNSでのタグ付けは原則禁止とし、公開したい場合は個別に本人の承諾を得るという運用が安全です。
社内のみで共有する場合も、「投稿の再利用は原則NG」とひと言添えるだけで、アウティングの発生を抑えられます。
4. 情報共有は“必要最小限”
社内で情報を共有する必要が生じる場面はありますが、共有範囲は必要最小限にとどめます。
たとえば、名札の表記を通称に変更したいと部下から申し出を受けた上司は、名札の担当者に個別に連絡するのが望ましいです。朝礼で「名札の表記変更が必要な人がいるので対応してください」と周知すること自体が、当事者を特定するヒントになり得るという意識を持ちましょう。
5. 万が一アウティング事案が発生した時の対応を明記する
ルールを設けても、「うっかり」個人の属性情報が出てしまう可能性はゼロではありません。発生時の手順を事前に明記しておくことが大切です。細かい手順書ではなく、連絡の順序を明確にするだけでも、混乱を最小限に抑えられます。
以下の流れを共有しておきましょう。
- 証拠を保存する
スクリーンショットや写真を残し、いつ、どこで、何が見えたかを明確にします。 - 情報の非公開化を依頼する
投稿者や送信者に「情報を非公開にしてほしい」と簡潔に伝えます。責めるのではなく、冷静に事実を伝えましょう。 - 担当者に報告する
直属の上司や情報管理の担当者など社内の担当者に報告し、以降の対応について確認します。また、今後の防止策についても検討します。
一人ひとりが“明日から”気をつけること
会社のルールづくりはもちろん重要ですが、最終的には私たち一人ひとりの日々の意識と行動がアウティングを防ぐ鍵になります。

あなたが「しない」こと
- 勝手に話さない
他人の性自認や性的指向を含む個人の属性を、家族や仲の良い同僚にも共有しません。 - 過去を詮索しない
旧名、過去の性別、手術の有無などを尋ねたり、過去を掘り起こしたりしません。相手が話したいと思ってくれたなら、それを聞くスタンスでいます。 - 性別で決めつけない
「普通は〜」「女/男なのに〜」といった言い方は控えます。このような意識が、多様性を尊重する職場づくりの第一歩です。 - 写真を無断で公開しない
名札の写り込み、位置情報にも注意します。
あなたが「するべき」こと
- 呼び名に迷ったら確認する
相手の呼び方に迷ったら、「呼ばれたいお名前、これで合っていますか?」と一度だけ確認し 以後はそのとおりに呼びます。 - 日常の話題でコミュニケーションを取る
「個人の属性を無理に聞いてはいけない」というのは、「会話をしてはいけない」という意味ではありません。日常の話題で十分に円滑なコミュニケーションが取れます。特別視せず、自然体で接すると相手は安心します。 - 難しいと感じたら話題を仕事に寄せる
あくまで「仕事仲間」としての自然な関わり方をすることで、相手にとっても安心感につながります。
「うっかり」によるアウティングを回避するために

あなたの善意で「周知してあげたほうがいいのでは?」と感じることがあるかもしれませんが、それがアウティングにつながることもあります。
たとえば、個室で着替えをしたいという申し出に許可を出したケースで、他の社員からの反発を避けようと、朝礼で「〇〇さんの着替えは個室でする許可をしたので、配慮してください」と共有するのは、事実上のアウティングです。特定の人への配慮として周知するのではなく、「着替えはどなたでも個室利用できます。鍵は総務にあるので、利用の際にはお声がけください」と全員に向けてのルールとして伝える形に置き換えましょう。
また、社内チャットの転送やスクリーンショットの拡散にも注意が必要です。プライベートな内容やデリケートな話題が含まれている場合、本人の許可なく共有しないのが基本です。転送する前に本人の承諾がない限りは、共有は控えましょう。
「属性の情報」を大切に扱うことは、相手を大切にするということ

職場でのアウティングを防ぐために必要なのは、共通ルールと日々の小さな配慮です。どのような人に対しても相手を尊重することを基本とし、「個人の属性についての詮索をしすぎない」「聞いたことを第三者に話さない」という意識を高めていきましょう。こうした意識と具体的な行動が、すべての人が安心して働ける、インクルーシブな職場環境を育むことにつながります。