仲間と喜びを分かち合う瞬間も、心の奥には打ち明けられない自分がいる。そんな葛藤を抱えながら競技に臨むLGBTQ+アスリートが日本にも多くいます。「本当の自分」をさらけ出せず、モヤモヤしながら戦い続けているのです。ここでは、現役中にカミングアウトした日本の選手たちの歩みをご紹介します。
日本のスポーツ界におけるLGBTQ+カミングアウトの現状

海外では、自らのセクシュアリティを堂々と公表する選手が多く、観客やスポンサーがそれを後押ししています。まるで競技場全体が「多様性」という旗を高く掲げているようです。しかし、日本ではその旗はまだ半分しか掲げられていません。公表している選手はごくわずかで、世界との間には大きな隔たりがあります。
国際舞台で「多様性の尊重」が響き渡る一方、国内の空気はまだ重く、選手が一歩を踏み出すには想像以上の勇気が必要になります。オリンピック憲章には、LGBTQを含む「いかなる種類の差別」も禁止する理念が刻まれています。
それにもかかわらず、2021年東京大会直前に提出された「LGBT理解増進法案」は、差別的な発言や反対意見が相次ぎ、成立は見送りに。日本のLGBTQに対する根強い偏見がいまだに地中深く残っている現実が浮き彫りになりました。海外ではカミングアウトが選手の自信やブランド価値を高める“追い風”になる一方、日本ではいまだに“向かい風”として立ちはだかっているのが現状です。
数少ないLGBTQ+を公表した日本人アスリート

日本のスポーツ界でも、勇気をもって自身のセクシュアリティを公表した選手はいます。しかし、その多くは引退後。現役中は仲間やファン、スポンサーへの影響を考え、本当の自分を隠さざるを得ないケースが少なくありません。
ここでは、そうした空気の中で現役期間中にLGBTQであることを公表した日本人アスリートを紹介します。
下山田志帆(サッカー選手)

慶應義塾大学女子サッカー部出身の下山田志帆さんが、自身のセクシュアリティを公表したのは2019年。現役中は同性のパートナーがいることを打ち明けられたのは女子サッカー仲間だけ。日本で一般に公表することは考えられませんでした。
転機は2017年、ドイツのブンデスリーガ女子SVメッペンへの移籍でした。ある日「男性と女性、どっちが好きなの?」と聞かれ、「女性だよ」と答えても誰も驚かず、それ以上とやかく言われず、すんなり受け入れられたことが嬉しかったと彼女は言います。同性パートナーを公にする選手が珍しくない環境に触れ、日本の「当たり前」への違和感が大きくなっていきました。
そんな彼女が決意をしたのは、ドイツでの2シーズン目の終わり。2019年に、LGBTQであることを動画やウェブ記事で公表したのです。日本でも「多様性」という言葉は使われるようになっていました。それなのにLGBTQであることを公にしている人の少なさに怖さを感じ、自分が発信していくことを決めたのです。
2021年の6月には、なでしこリーグの試合がLGBTQへの理解を促す「プライドマッチ」として開催され、そこで彼女はマイクを手に差別や偏見をなくすよう訴えました。「他人との違いをかっこいいと思えたとき、人生はもっと面白くなる」。その言葉は、現役中に本当の自分を出せない選手へのエールとなっています。
村上愛梨(ラグビー選手)

ラグビー15人制日本代表としても活躍する村上愛梨さんが、自身のセクシュアリティを公表したのは2021年、彼女の30歳の誕生日。SNSでのカミングアウトは、現役ラグビー選手としては初めてのことでした。
実は20歳で母に打ち明けて以来、周囲には隠しておらず、所属チームの監督や仲間からも理解を得られていました。しかし、パートナーの意向を尊重し、世間への公表は控えてきたといいます。30歳の時付き合っていたパートナーが、性的指向についてオープンなスタンスを持っていたことや、家族・チームからの支えが後押しとなり、公表を決意しました。発表後は大きな反響があり、応援の声と同時にネット上での心ない言葉にもさらされました。
そんな中で出会ったプライドハウス東京で共同代表を務めている野口亜弥さんとのつながりが、アライアスリートとして活動を広げるきっかけになったといいます。現在は企業や自治体の研修、イベント登壇を通して、多様性や共生について発信しています。今後は、特に教育現場での講演にも力を入れていきたいといいます。
現役選手としての経験をもとに、誰もが自分らしく生きられる社会づくりを目指し活動を続けています。
「自分らしさ」で競技に臨める未来へ
日本でLGBTQ+であることを公表しているアスリートはまだ数少ないものの、その姿は確かに増えてきています。そこには本人の勇気だけでなく、仲間や家族の支え、そして社会の理解が欠かせません。誰もが安心して自分らしく競技に臨める環境をつくること。それが、次の一歩を踏み出す選手の力になります。



